二十六.
「……回復する時間を稼いだのか」
三笠は刀を構え直し、唇を噛む。
その間にもニコライの幻影が一度にいくつも現れ、三笠の周囲を飛び回った。
「こっちだよ!」
「ほらほらぁ! ボクが本物だ!」
「違うよ、ボクが本物だよぉ!」
「……っ」
頭に鈍い痛みが走り、視界がチカチカとまたたく。長時間幻覚に晒されているせいで、身体と精神に損傷を受けているようだ。
だがこの一連の戦いの中で、ようやく目が醒めた気がした。
四肢の感覚ははっきりしていて、頭痛の中でも思考は冴えている。
まるで一振りの刃の如く、自分の全てが戦闘に特化していく――久々の感覚だ。
「サーシャ、もしかしてボク達……勝てそう?」
「えぇ。我々は六年前の屈辱をようやく打ち払うことが出来るのですよ」
「す、すごい! 三笠って大したことないね!」
姿は見えないまま、アレクサンドルとニコライの声だけが霧の中に響く。一面ミルク色の世界に、嘲笑うように幻影が駆け回った
この状況を打開する手立ては――三笠は納刀し、鋭いまなざしで辺りを見回した。
「で、でも、もし三笠が特攻鬼装を出したら――」
「それも無意味です。そもそも我々が出した時点で出さなかったのがおかしい。恐らく、我々とは相性の悪い特攻鬼装なのでしょう」
違う、と心の中で三笠は呟いた。
魄炉解放すれば、ニコライとアレクサンドルを打ち破る事はたやすい。
だが、今はスワロフの居場所がわからない。加減を間違えれば、三笠は彼女を殺してしまう事になる。
「……どこだ」
三笠は低い声で呟いた。
白く濁った霧のせいで、スワロフの気配が読み取り辛くなっている。今頃彼女は暴れたり叫んだりしているはずだが、その様子もほとんど感じられない。
「さぁ、見ていなさいニコライ。かつての仇敵が徐々に死へと沈んでいく様子を」
「倒れろ、倒れちゃえ三笠……!」
手を繋いだニコライの幻影が辺りをぐるぐると走り回る。幻影で神経をすり減らす作戦に切り替えたようだ。
三笠はやや眉を寄せ、鈍く痛むこめかみを押さえた。
「ご覧になっていますか――皇帝陛下。我らバルチックの勝利を」
こだまする嘲笑の中で、熱に浮かされたようなアレクサンドルの囁きが聞こえた。
その瞬間、急に三笠はおかしくてたまらなくなった。




