二十四.
凍土に咆哮が響いた。
凍り付いた地面のあちこちに黒い点が現れ、妖魔が湧き上がってくる。
「突撃、突撃!」
「松島少将の仇だ! 妖魔どもを根絶やしにしろ!」
獣めいた兵達の声に押されて、自分はひたすら妖魔を切り伏せていく。
何百体目かを切り裂いたその時、耳元の通信機から雑音混じりの声が聞こえた。
「こちら先遣笠置隊――全派遣隊に告ぐ――これ以上の進軍は不可」
霧に火花が飛び散った。一本の刀によって四つの剣が防がれ、高い金属音が鳴り響く。
「……また防ぎましたか」
どこからかアレクサンドルの困惑の声が聞こえた。
三笠は無言で刀に力を込め、ニコライ太刀の双剣を押し返した。
「う、うわっ……!」
「ひぃっ……!」
ニコライ達が悲鳴とともに吹き飛ぶ。
しかし二人は瞬時に身を翻し、危なげなく体勢を整えた。四つの刃が同時に煌めき、一糸乱れず三笠めがけて斬りかかる。
鏡合わせのような突撃をしっかりと捕捉しつつ、三笠は切っ先を地面に突き刺した。
「はッ――!」
鋭い気合が響いた途端、黒い竜巻が刀の刺さった場所から立ち上がった。
「りゃ、略式結界!」
悲鳴のような声が響く。
怯えたニコライ達が淡く輝く光の盾を掲げて、霧の向こうに下がる。
高密度の霊気によってどす黒く染まった暴風は、濃霧を切り裂こうと龍蛇の如く荒れ狂う。しかし、渦巻く霧の幕は揺らぐ様子もない。
「……駄目か」
「無駄です。その程度ではこの【巡り揺れる楽土】は崩せません」
アレクサンドルの言葉が淡々と響く。
しかしその姿はどこにも見えない。三笠は鋭い目で周囲を探りつつ、刀を引き抜く。
「「うおぉおお!」」
風が和らいだ瞬間、もやを斬り裂いてニコライが次々に彼女めがけて踊りかかった。
不規則に繰り出される四つの刃を、三笠は右手に持った刀で弾く。
「か、片手! ボク達舐められてる!」
「さすがに怒るよ!」
二人のニコライが頬を膨らませる。
攻撃が激化するも、三笠は表情を変えない。鋭い目で四本の剣の軌道を読みつつ、空いた左手の指先を複雑にうごめかせた。
指先に細い糸のように幾筋もの風が絡みつく。
その時、掬い上げられるようにして振るわれた双剣が三笠の手から刀を吹き飛ばした。
くるくると回転しつつ、刀が高く宙を舞う。
「「喰らえぇえ!」」
好機とみたニコライ達がまったく同時に襲来してくる。
「はぁ――!」
三笠は左掌をニコライ達めがけて突き出した。
その瞬間――爆音と共に、掌中で圧縮されていた空気が炸裂する。
「うわぁああッ!」
「ぎゃあッ!」
解き放された暴風はニコライ達の体を切り裂き、その体を軽々途中に吹き飛ばす。
ちょうど落ちてきた刀を後ろ手で受け止め、三笠は地を蹴った。
「行くぞ!」
「――それはこちらのセリフです」
淡々とした言葉。同時、三笠の四肢にひやりとした感触が絡みついた。
「なっ……蛇……!?」
突然現れた二匹の大蛇が三笠の体を締め上げる。
吹き飛ばされる二人のニコライの背後から、アレクサンドルが躍り出た。
「終わりですッ!」
「く……!」
魄炉さえ無事ならば死にはしない。だが首を切断された場合、マキナは一時的に意識を失う。その隙はあまりにも大きい。




