二十二.
するとアレクサンドルは冷たく微笑んだ。
「いいえ――すでに貴女は私の掌中におりますので」
「……何?」
「この霧は私にとっては宮殿、貴女にとっては牢獄。ここで貴女は心のもっとも柔らかな部分を切り裂かれ、悪夢の中で死ぬのです。」
歌うような口調で言って、アレクサンドルは半月斧の柄にそっと掌を滑らせた。
三笠は半歩退き、鋭い目でその手の挙動を追う。
「魄炉解放――特攻鬼装【巡り揺れる楽土】……」
囁きとともに、アレクサンドルの手がきつく半月斧を握りしめた。
薄荷色の瞳がぼうっと輝く。その瞬間――三笠の視界が完全に白く染まった。
振り続ける雪、飛び散る血液、潰されていく家の影。
鬼が人々を追いかける。兄も父も母も、鬼に食われて消えていく。
自分は軍刀を手に、怒りのままに鬼を――。
耳元で金属音が響き、三笠は我に返った。
「なっ――」
「何……?」
すぐ目の前で、アレクサンドルが輝く目を見開いた。
三笠は何度も目を瞬かせ、自分の手元を見つめた。彼女の手はいつの間にか刀を半ばほどまで抜き、アレクサンドルの半月斧を防いでいた。
一拍遅れ、腕に重みが伝わってくる。どうやら無意識のうちに斬撃を止めていたらしい。
「……恐ろしい方ですね」
アレクサンドルが大きく距離をとる。
追撃しようと一歩踏み出したものの、その瞬間三笠は眉を寄せた。
「くっ……」
体が重い。まるで四肢に鉛がまとわりついているようだ。
三笠はやむなく刀を納め、辺りを見回した。
「……幻覚か。これが、お前の特攻機装の能力だな?」
「有体に言えばそうです。相手の精神に干渉し、錯覚を操る能力」
アレクサンドルは無表情でうなずいた。活性化した人外細胞の影響か、その顔には渦巻きに似た紋様が輝いている。
そして彼女の周囲にも、同じ紋様が無数に浮いていた。
万華鏡のように色を変え、煌めく渦巻き――見ているだけでめまいがしてくる。
「あら……少し愉快な表情をしていますね。過去の悪夢を引きずり出すこの霧の中で、一体何を見たのかしら」
アレクサンドルが薄く笑った。
忘れかけていた少女の頃の悪夢が脳裏にくすぶり、三笠は眉を寄せる。
「言う義理はない。――それよりその能力、そう乱発はできないようだな?」
「えぇ、先ほどのように相手のフラッシュバックを引きずり出すような深い干渉はなかなか難しくて。少し時間が必要になりますね」
「ならば――魄炉起動!」
瞳から赤い光の尾を引きつつ、三笠は地を蹴った。
腰だめに構えた刀をアレクサンドルめがけて抜き打つ。しかしアレクサンドルはその動きを見切り、抜刀に合わせ半月斧を薙いだ。
甲高い金属音と同時に、三笠の両手にじんっとしびれが走る。
だが、威力自体は八島の野太刀ほどではない。




