二十.
「そのすぐ後にバルチックは完全に瓦解してしまいました。ほとんどが革命派に寝返り、なおも帝制を支持していた私達は追われる身に……」
アレクサンドルの冷ややかな声が耳を打つ。
かつての上官の悔しげな表情を見てなおも、彼女は眉一つ動かさなかった。
「栄光は失われ、未来さえ見えない……。こんな状態では輝かしい過去にすがりつくほかありませんよね。そうしないと心が保ちませんから」
「……そんなことは、ないわ。ワタシはちゃんと未来を見てる」
スワロフがアレクサンドルを睨む。青い瞳にはうっすらと涙がにじんでいた。
アレクサンドルは目を細めた。
「ならばお答えできますね? これから、貴女はどうするおつもりなのか」
「それはっ……」
「たしか、以前は連邦を打倒すると息巻いておりましたね――今は、いかがです?」
長い人差し指を顎に添え、アレクサンドルは冷ややかに問いかけた。
スワロフは迷子のように青い瞳を揺らす。
その視線は霧の中をさまよい、最後に三笠を映した。しかしそれは一瞬のことで、やがてスワロフは悔しげに表情を歪めた。
「……今はまだ……でもバルチックとしての誇りを忘れずに、前に……」
「相変わらず不明瞭な回答ですね。いつものことですが」
アレクサンドルは薄荷色の瞳を冷たく光らせつつ、スワロフに人差し指を向ける。
「そんな貴女のために、私はあの神社で一つ提案をいたしましたね。――どうやってでも、何をやってでも生き延びるべきだと」
「そしてワタシはあの日拒絶したわ! バルチックが手を汚すわけにはいかないと!」
スワロフは激しく首を横に振る。
聞き分けのない子供を相手にした時のように、アレクサンドルはため息をついた。
「えぇ……本当に頑固な方です」
「……手を、汚す?」
その言葉のもつ不穏な響きに、三笠は眉を寄せた。
「たしかにあまり褒められた手段ではありませんね。ですが過程はどうあれ、最終的に栄光をつかみ取ることが出来れば良いのです」
「……何をするつもりなんだ? お前達が掴む栄光とはなんだ」
「簡単に言えば神州皇国の転覆です」
「なっ――!」
淡々とした口調で紡がれた恐ろしい言葉に、三笠は目を見開く。




