十九.
「サーシャ……ッ!」
スワロフが唸るように同型の姉の名を呼ぶ。
しかしアレクサンドルは眉一つ動かさずに、三笠めがけて恭しく礼をした。
「本日は我が総隊長の引き取りと、六年前に取り損ねた貴女の首の回収に参りました。どうぞご協力願います」
「……私を狙う目的はなんだ? ただの礼参りとも思えないが」
三笠が鋭く問うとアレクサンドルは顔を上げ、彼女に無機質な視線を向けた。
「主の望みです」
「主だと?」
「えぇ。我が主が貴女の死を望んでいるのです」
「お前の主というのは誰だ? そいつは何故、私の命を狙う?」
「これ以上は守秘義務に触れます。ともかく我が主は、迅速に貴女を殺害することを望んでいるのです。なので――」
「サーシャ!」
スワロフの鋭い声に、アレクサンドルはぴくりと眉を動かした。
「アナタ、何を考えているの? ワタシに黙って、一体今まで何をしていたの?」
拘束を振り解こうともがきながら、スワロフは激しい口調で矢継ぎ早に問う。
アレクサンドルは、そんな彼女に冷たい視線を向けた。
「貴女に出来ない事をやっていました」
「何ですって……?」
細い眉を吊り上げるスワロフに、アレクサンドルは軽く両手を広げて見せた。
「貴女はロマンチスト過ぎます。過去の栄華の夢しか貴女には見えていない。現在を冷静に直視できていないし、現実に足が着いていません」
「そんなことはないわッ!」
「ちょ、ちょっとスワロフ! 落ち着いてよぉ!」
ニコライが暴れるスワロフを押さえ込む。
スワロフはそれに激しく抵抗しつつ、怒りに燃える瞳でアレクサンドルを睨んだ。
「ワタシはバルチックの誇りを捨てず、常に現実と向き合っているわ!」
「……それが現実に足を着いていない、という事よ。貴女は、失われたバルチックの栄光に未だ夢を見続けている」
アレクサンドルは呆れたように、中空に視線を向けた。
「まぁ……やむを得ませんね。この六年間はお互い辛い事ばかりでしたもの。崑崙戦争には敗れ、前弩級分離の影響で僻地に送られて」
「だから何よ! それくらいでワタシの心は屈しなかったわ!」
「そうね。確かに貴女は折れなかった。四年前も反乱の知らせを聞いた貴女は、皇帝陛下の救援に向かうことをすぐに決意しましたからね」
「……サーシャ」
スワロフの声音が一気に沈んだ。
しかし、アレクサンドルは淡々とした口調で言葉を続ける。
「でも私達は……間に合わなかった。私達が首都にたどり着くよりも早く、皇帝一家は処刑されてしまった」
「う……!」
スワロフは唇をきつく噛みしめ、うつむいた。
「スワロフ……」
その様子があまりにも痛々しく、三笠は思わず彼女の名を呼んだ。




