十八.
三笠は眉をひそめた。
「サーシャ……?」
「そう、サーシャ。ボクの上司。怒ると怖いの」
スワロフの肩越しにニコライが涙目でうなずいてみせる。
そして三笠をしげしげと眺め、首をかしげた。
「そういえばキミは誰なの? なんだかスワロフを捕まえることよりも、キミの事の方が重要みたいなんだけど」
「私が重要? それは一体どういう――」
「――こういう事ですよ」
三笠が言葉を終えるよりも早く、霧の中に抑揚のない声が響いた。
直後、ぞわりと肌が粟立つ。
「何者ッ!」
冷たい殺気を感じ取り、三笠は声が聞こえた方向めがけて鉄針を投げ打った。
ギンッ――鋭い金属音が響く。
「ちぃ、弾いたか――!」
三笠は小さく舌打ちして、鞘ぐるみの刀を構える。
その瞬間、濃霧の幕が切り裂かれた。
長身の女が狼の如く躍り出て、両手に構えた半月斧を薙ぎ払う。分厚い刃が三笠の首を刎ね飛ばそうとばかりに迫った。
三笠はその軌道上にとっさに刀を割り込ませた。
重い衝撃。三笠はやや眉を寄せつつ、打ち込まれた半月斧を弾きあげた。
相手はさっと後退し、半月斧を構え直す。
「……片手で受け止めるとは。感嘆しました」
「君は、誰だったかな?」
鞘付の刀を構え、三笠は低い声で問うた。
長い金髪を背中に流した、冷ややかな雰囲気の漂う女性だった。スワロフよりもやや年上に見える。白い外套を纏い、頭には毛皮の帽子を被っていた。
ほのかに輝く薄荷色の瞳を細め、女はじっと三笠を見つめた。
「私を忘れましたか? 二度ほど、顔を合わせているはずですが」
「……そういえば最近会ったな」
抑揚のないその声には覚えがあった。
『足止めをしなさい、【鳳仙花】』――機巧妖魔に襲われたスワロフを助け出した時に聞いた声は、彼女のものだったのだろう。
それだけではない。あの冷たい薄荷色の瞳には覚えがある。
六年前――あの崑崙の地で。
三笠の奇襲に総崩れとなったスワロフの軍を追撃している際、一瞬だけ見た。大混乱に陥ったアリョール軍を立て直そうとしている姿。
「確かアレクサンドル……と言ったかな。バルチック副隊長の」
「覚えておいででしたか。光栄です」
アレクサンドルは淡々とした口調で言って、豊かな胸元に手を当てた。
「私はボロジノ型二番鬼。マキナとしての識別名をインペラートル=アレクサンドルⅢ世と申します。――そこのクニャージ=スワロフとは姉妹型です」




