十七.
それを察しつつ、三笠は首を振る。
「見苦しい姿だったのは私も同じだ。だがお前の言葉は、その……今の私にとっては、とても必要なものだったと思う」
「三笠……?」
スワロフは戸惑ったように青い瞳を揺らし、三笠を見つめた。
三笠は口をつぐむと、慎重に言葉を探した。
「私は……その……」
次に何を言うか。それ次第で、自分たちの関係は大きく変わる予感がした。
だが答えを見出すよりも早く――渦巻く霧を、影が切り裂いた。
「――先に謝る! ごめんねスワロフ!」
気弱な言葉と共に、スワロフの背後に何者かが降り立つ。
「えっ――」
「スワロフ!」
三笠はとっさに袖の下に手を伸ばし、隠していた鉄針を投げ打とうとした。
しかし乱入者はそれよりも早く、スワロフの両腕を拘束する。
「くっ……アナタ……!」
「ごめん! 本当にごめんなさい!」
痛みに喘ぐスワロフに対し、乱入者は謝罪の言葉を繰り返した。
三笠は鉄針を指に挟んだまま、相手を睨む。
「バルチックだな?」
「そ、そうだよ……」
三笠の視線に乱入者はわずかに身を縮めた。
細い体を紺色の軍服に包んだ女だ。頭には何故か水兵帽を被っている。
ほのかな桃色を帯びた、柔らかそうな金髪が目を引いた。淡い水色の瞳はおどおどとした様子で、三笠の様子をうかがっている。
見ているうちに女はスワロフの背後に身を隠し、三笠に震える指先を向けた。
「とりあえず動かないでね! 動かれたらいろいろ困るんだよ! ボクもどうすれば良いかわからないんだから!」
「……本当に、バルチックなのか?」
明らかに怯えのにじむ相手の態度に戸惑い、三笠は念押しするように問いかけた。
すると、水兵帽の女はぷくっと頬を膨らませる。
「失敬な! ボクは正真正銘バルチックの第三部隊隊長! インペラートル=ニコライⅠ世だぞ! ……まぁⅠ世も何もニコライはボク一人しかいないけど」
「ワタシを離しなさい、ニコライ! ワタシはアナタ達と行動するつもりはないわ!」
スワロフが拘束を振り解こうともがく。
ニコライは慌てて彼女の両腕を締め上げつつ、泣きそうな表情で首を振った。
「や、やめてよスワロフ! 暴れられたらボクも困っちゃう!」
「落ち着くんだ、ニコライ君。まずはお互い話し合おうじゃないか」
この手の手合いはまずは柔らかな態度で様子を見るに限る。
そのため三笠はやんわりとした口調に切り替え、子供をなだめるように両手を広げた。
しかし、ニコライは激しく首を振る。
「それは駄目! 敵との交渉に応じちゃ駄目って命じられてるんだ!」
「ニコライ、離しなさい! これは命令よ!」
「だから駄目なんだってば! ボクはスワロフをちゃんと見ておけってサーシャに言われているんだ……言うこと聞かなかったらボクが怒られちゃう」
ニコライはぶるぶると首を振り、スワロフの命令を拒絶する。




