十五.
やがて目的の駅にたどり着いた。
代金を払い、路面電車の外に出る。するとぽたり、と鼻先を冷たい雫が濡らした。
「ん……雨か。困ったな」
三笠は軍帽のつばを持ち上げ、やや曇った表情で空を見上げた。
その瞬間、強烈な視線を感じた。
「――ッ!」
三笠は表面上は平静を装いつつ、あたりの様子をうかがった。
停車場には三笠達の他に人はいない。通りに並ぶ店からは明かりが消えている。夜間外出注意令のせいか、道を歩く人の姿は見当たらない。
だが、何かがいる。警戒する三笠に対し、スワロフが低い声でたずねた。
「……二人かしら?」
「そのようだ。だが、相手の居場所が掴めない。初瀬姉さんならもう少しはっきり把握できるのだが――とりあえず、出方をうかがう」
三笠は押し殺した声で答えると、スワロフと共に足音を潜めて歩き出した。
視線には明確な敵意が感じられた。スワロフを狙ったものだろうか。だが、三笠も恨まれるような事をした覚えはそれなりにある。
雨の影響で、相手がどこにいるのか把握することは難しい。
さらに霧のせいで視界も――。
「霧……?」
ぴたりと三笠は足を止めた。白い霧がゆっくりと視界を覆い隠し、徐々に街灯の明かりをぼやかしていく。
「馬鹿な……何故この時期に、こんな町中で――」
「この霧……! あいつだわ!」
振り返ると、スワロフは霧に包まれた空を鋭いまなざしで睨んでいた。
「スワロフ、お前この霧に何か覚えがあるのか?」
「えぇ……忘れられるわけがない」
スワロフはおもむろに腰に手を伸ばし、サーベルをわずかに抜いた。おぼろげな光を反射して、霧の中で刃がきらりと輝く。
「おい、相手を刺激するんじゃない」
三笠は慌ててスワロフを止めようとした。
しかし、冷ややかに輝く刀身をじっと睨んだまま、スワロフは首を振る。
「問題ないわ。相手はこちらを誘っているのよ。決着をつけなければならない。――手出しは無用よ、三笠」
「おい、待て!」
三笠の制止も振り切り、スワロフは駆けだした。
その姿は一瞬で濃霧の中にのみこまれ、影すらも見えなくなってしまう。
「ちぃ! 勝手なことを!」
三笠は大きく舌打ちしつつ、スワロフを追いかけようと地を蹴った。
しかし、その足はすぐに止まってしまう。
スワロフは『決着をつけなければ』と言った。その相手として思い当たるのは――。
「……相手はバルチック、だろうな」
かつてアリョール帝国で栄光をほしいままにした、常勝不敗のマキナ部隊。その仲間達は何らかの理由でスワロフと決別し、どこかに姿を消した。
そして、彼らが今すぐ近くにいる。




