十.
スワロフは薄く笑って、顎を反らした。
「フ、詳しくて当然よ。何せ私はバル――ぐっ!」
「彼女はバルト海沿岸部から来た留学生だ。呪術について学んでいるから詳しいのさ」
スワロフの脇腹を強く小突きつつ、三笠は早口で言った。
警邏兵の女が感心したような声を出す。
「へー、外国ではマキナについても詳しく勉強するんですか」
「まぁ、基本秘密兵器扱いだからねぇ……そんなほいほい学べるモノじゃないけど」
香取はなおも疑いの目をスワロフに向けている。
そのスワロフから凄まじい殺意の視線を受けつつ、三笠は肩をすくめた。
「時代は変わるものだ――さて、我々はこれでお暇するよ」
「……あー、ちょっと待ってつかぁさい。朝日さんのことでお話が」
「っ!」
歩き出そうとしていた三笠は、香取に視線を向けた。
香取はポケットから手帳を取り出す。
「えーっと……あれ? いつの話だっけ?」
「大尉、一昨日の話です」
「ああ、そうだ。そうだった――えーっと一昨日、霊軍研究所にうちのバカが話を聞きに行ったんですわ」
警邏兵の女の言葉にうなずきつつ、香取は手帳のあるページを開いた。
三笠は眉をひそめる。
「霊軍研究所に、河内が……?」
「はい。んで朝日さん関連で色々調べてたら――例の、万魔の剣の資料が見つかったと」
「……あの、盗まれたという」
これは、かなりまずい情報だ。三笠は背筋に冷や汗がにじむのを感じた。
香取が意味ありげな視線を送ってくる。
「あのアホがどういう調べ方してるのかは知りませんし、信憑性なんかも怪しいとこですが……一応、お伝えしましたよ」
「た、大尉殿――さすがに河内少佐にそのような罵倒は……」
「うるせぇ。誰かが言ってやらなきゃあのクソガキは理解しないんだよ」
おずおずと口を挟む警邏兵の男に対し、香取はうっとうしそうに首を振る。
三笠は軽く頭を下げた。
「ありがとう、香取」
「礼なんざいいです。それよりしばらくは大人しくしててくださいよ」
「あぁ……善処するよ」
三笠が微笑むと、香取は唇を尖らせた。
「頼みますよ。先輩の存在はある意味、この国の精神的な支柱なんですから。先輩になんかあったら一大事ですよ」
「いや、私は隠居の身だ。これからはお前達が神州の要となるべきだろう」
「……そりゃ、無理ですよ」
香取の声音が一気に沈む。
疲れ切ったように肩を落とす彼女に、三笠は目を見開いた。




