七.
三笠はやや眉をひそめつつも、平然とした顔で麺をすすった。
「……それでも、何も語るつもりはない」
「キサマ……ッ!」
スワロフの顔がさっと紅潮した。その手にぐっと力がこもるのを見て、三笠は一瞬身構える。
しかし、スワロフの拳はすぐに解かれた。
「……あの資料を読んで、はじめはひどく混乱したわ」
「スワロフ?」
消え入るような声にやや驚き、三笠はスワロフの顔を見た。
彼女はぐっと唇を噛み、うつむいた。
「だってこの六年間、ワタシはキサマを祖国の敵として憎んできたから。……けれども、もしキサマが本当に我が祖国を救おうとしたのであれば――ワタシはキサマに対する認識を、少し改めなければならない」
そこでスワロフは顔を上げ、まっすぐに三笠を見つめた。
まるで夜明けの空の青。――その瞳の色に、そしてまなざしに、三笠は思わず息を呑む。
「ワタシは、キサマを知りたいの」
「……私を?」
「そうよ。キサマのことを正しく理解する必要があると思っている……そうすれば、ワタシの進むべき道が見えるはずだから」
キサマはワタシの標だから、と。ぎこちない口調でそう言って、スワロフは視線をそらした。
三笠は目を伏せ、首を振った。
「……そんな事はない」
「けれど――」
「私はそんな大層な存在じゃない。私のことを知っても、何にもならない――だから、あまり私に関わるな。深入りするんじゃない」
三笠はあえて冷淡な口調でそう言って、茶に口をつけた。
しかし、スワロフは激しく首を振る。
「キサマの考えなんかどうでもいいわ。ワタシにとってキサマは指針なの」
「……私なんかを追いかけられても困る」
胸元がひりひりと痛んだ。
昨夜スワロフが刻み込んだ爪痕はもう癒えている。だがどういうわけか、その痛みはいまだ三笠の胸の奥深くにまでに残っていた。
やや顔をしかめる三笠に対し、スワロフは身を乗り出してくる。
「ともかく、ワタシに教えなさい。ボーリグラートで何があったのか。何故かつての敵国を救援しようと思ったのか……それに――ッ!」
くうと小さな音が響いた。
なおも言葉を続けようとしていたスワロフは一気に顔を赤く染め、自分の腹を見た。
三笠はごくりと茶を飲むと、立ち上がった。
「……すまん、お前の朝食を用意するのを忘れていた」
「だ、黙って! 違うわ! 今のは違うのよッ! それに今は朝食なんてそんなものどうだって――ちょ、ちょっと! 話はまだ終わっていないわ! どこにいく気!?」
「蕎麦で良いな」
「キサマ逃げるつもり!?」
「食事が終わったら出かける」
「無視しないで! まだ話は終わっていないわ。ワタシの話を――!」
「外出の準備をしておけよ」
一切スワロフと視線を合わせず三笠は襖を閉じた。
向こう側からぎゃんぎゃんとスワロフのわめき声が響いてくる。それを聞きつつ三笠は天井を見上げ、深々とため息をついた。
「言えない……言うわけにはいかない……」
あの凍土の記憶は、そう軽々しく口に出来るものではない。
だから決して、スワロフにボーリグラートの話は教えない。消えたはずの爪痕がきりきりと痛むのを感じつつ、三笠は堅く誓った。




