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天気晴朗ナレドモ水ノ月  作者: 伏見 七尾
四.二人のインペラートル
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七.

 三笠はやや眉をひそめつつも、平然とした顔で麺をすすった。

「……それでも、何も語るつもりはない」

「キサマ……ッ!」

 スワロフの顔がさっと紅潮した。その手にぐっと力がこもるのを見て、三笠は一瞬身構える。

 しかし、スワロフの拳はすぐに解かれた。

「……あの資料を読んで、はじめはひどく混乱したわ」

「スワロフ?」

 消え入るような声にやや驚き、三笠はスワロフの顔を見た。

 彼女はぐっと唇を噛み、うつむいた。

「だってこの六年間、ワタシはキサマを祖国の敵として憎んできたから。……けれども、もしキサマが本当に我が祖国を救おうとしたのであれば――ワタシはキサマに対する認識を、少し改めなければならない」

 そこでスワロフは顔を上げ、まっすぐに三笠を見つめた。

 まるで夜明けの空の青。――その瞳の色に、そしてまなざしに、三笠は思わず息を呑む。

「ワタシは、キサマを知りたいの」

「……私を?」

「そうよ。キサマのことを正しく理解する必要があると思っている……そうすれば、ワタシの進むべき道が見えるはずだから」

 キサマはワタシの標だから、と。ぎこちない口調でそう言って、スワロフは視線をそらした。

 三笠は目を伏せ、首を振った。

「……そんな事はない」

「けれど――」

「私はそんな大層な存在じゃない。私のことを知っても、何にもならない――だから、あまり私に関わるな。深入りするんじゃない」

 三笠はあえて冷淡な口調でそう言って、茶に口をつけた。

 しかし、スワロフは激しく首を振る。

「キサマの考えなんかどうでもいいわ。ワタシにとってキサマは指針なの」

「……私なんかを追いかけられても困る」

 胸元がひりひりと痛んだ。

 昨夜スワロフが刻み込んだ爪痕はもう癒えている。だがどういうわけか、その痛みはいまだ三笠の胸の奥深くにまでに残っていた。

 やや顔をしかめる三笠に対し、スワロフは身を乗り出してくる。

「ともかく、ワタシに教えなさい。ボーリグラートで何があったのか。何故かつての敵国を救援しようと思ったのか……それに――ッ!」

 くうと小さな音が響いた。

 なおも言葉を続けようとしていたスワロフは一気に顔を赤く染め、自分の腹を見た。

 三笠はごくりと茶を飲むと、立ち上がった。

「……すまん、お前の朝食を用意するのを忘れていた」

「だ、黙って! 違うわ! 今のは違うのよッ! それに今は朝食なんてそんなものどうだって――ちょ、ちょっと! 話はまだ終わっていないわ! どこにいく気!?」

「蕎麦で良いな」

「キサマ逃げるつもり!?」

「食事が終わったら出かける」

「無視しないで! まだ話は終わっていないわ。ワタシの話を――!」

「外出の準備をしておけよ」

 一切スワロフと視線を合わせず三笠は襖を閉じた。

 向こう側からぎゃんぎゃんとスワロフのわめき声が響いてくる。それを聞きつつ三笠は天井を見上げ、深々とため息をついた。

「言えない……言うわけにはいかない……」

 あの凍土の記憶は、そう軽々しく口に出来るものではない。

 だから決して、スワロフにボーリグラートの話は教えない。消えたはずの爪痕がきりきりと痛むのを感じつつ、三笠は堅く誓った。


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