六.
翌朝、三笠は黙々と山菜蕎麦を食べていた。
しばらくして、廊下から足音が聞こえてくる。それを耳にした三笠は側に置いていた土瓶を持ち上げ、湯飲みに茶を注いだ。
やがて、背後の戸が開いた。
三笠は向かいの席に湯飲みを置きつつ、振り返らずに声をかけた。
「おはよう。昨日は良く眠れたのか?」
「……それはこちらのセリフよ」
どこか呆れたような声で言うと、スワロフは三笠の向かい側に回った。
「それなりに眠れたよ」
「嘘ね。明け方までずっと、キサマの部屋から物音が聞こえたわ」
「……忍者みたいな奴だな」
三笠は唇をへの字すると、どんぶりを持ち上げてつゆを飲んだ。
実際スワロフの言うとおりだ。結局あれから三笠は一睡も出来ず、本を読んだり軽く運動をしたりして過ごしていた。
眠ることが恐ろしい。
ひとたび目を閉じれば、あの最果ての地に再び引きずり込まれてしまう気がした。脳裏にまた赤い凍土の光景が浮かびかけ、三笠は緩く首を振る。
「……キサマ、昨夜は結局何があったの?」
スワロフがぽつりとたずねてきた。
ずるずると蕎麦を啜った後で、三笠は軽く首を振ってみせる。。
「……特に何も。少し夢見が悪かっただけだ」
「そう。キサマがあれほど取り乱す夢だわ、さぞかし強烈なものだったんでしょうね」
「そうだな」
「……たとえば、ボーリグラートの夢でも見たのかしら」
胸を突かれたような気がした。
三笠は一瞬目を見開いたが、すぐに平静な表情を装い蕎麦に箸を延ばす。
「なんの話だ?」
「とぼけないで。革命派によって隔絶されたボーリグラートに、神州霊軍が救援に向かったのでしょう。その第二陣に、キサマも加わっていたはずよ」
「……どこで知った?」
「あの朝日とやらの家に資料があったわ」
「……やれやれ、くすねてきたのか」
三笠はため息をつき、漬け物を口にした。そういえば先日の夜、彼女が何かの書物を一心不乱に読みふけっている様子を見た覚えがある。
ここ最近の妙に丸くなった言動も、恐らく朝日の資料の影響だろう。
「……ボーリグラートで何があったの?」
「お前には関係ない」
「ワタシの祖国の話よ! それにキサマが関わっているじゃない!」
スワロフがちゃぶ台を叩く。




