四.
「スワロフ?」
とっさに胸元を隠しつつ、三笠はおずおずとスワロフの名を呼ぶ。
途端、スワロフがゆっくりと顔を伏せた。
「キ、サマ……は……」
おもむろに、スワロフは三笠に向かって手を伸ばした。三笠は彼女の異様な気配に圧され、身動きも出来ずその行方を追う。
「キサマは、ワタシの宿敵なのよ……ずっと、ワタシはキサマを追いかけてた……」
震える指先が首筋に触れた。
次いでそれは滑らかな肌の上を滑り、はだけた胸元に置かれる。そのかすかな感触に、三笠はわずかに身をよじらせた。
「ス、スワロフ……?」
「――なのに、この体たらくは何……!」
がり、と。胸元に鋭い痛みが走った。
「あ、ッつ……!」
見れば、白い肌に鮮血の線が刻まれている。
スワロフは顔を伏せたまま、三笠の肌にきつく爪を立てていた。
「ワタシが敗北した相手は……ワタシが六年間ずっと追いかけていた三笠は、こんな生きた屍みたいなヤツではなかったわ……こんな、こんなッ!」
「ッ、痛い……ッ! スワロフよせ……ッ!」
がりり、がりりと――白い肌に赤い爪痕を刻まれる。
三笠は顔を引きつらせつつ、なんとか手を伸ばしスワロフの腕を掴んだ。
しかし、あっさりと振り払われてしまう。
「ワタシはキサマと再びまみえることを焦がれていたのよッ……これじゃ、情けないじゃないッ……ワタシは幽霊を追いかけていたんじゃないッ!」
「つッ……スワロフ……?」
鋭い痛みに苦鳴を漏らしつつ、三笠はスワロフの名を呼ぶ。
すると、スワロフは顔を上げた。
三笠を睨む青い瞳は、うっすらと涙の膜に覆われていた。
「キサマの過去に何があったかなんか知らないッ! ただキサマがワタシの焦がれていた三笠だというのならッ! そんな亡霊みたいな生き方しないでッ!」
「スワロフ……」
ただ、彼女の名前を呼ぶことしか出来なかった。
潤んだまなざしでまくし立てたスワロフは、三笠の胸元にがっくりと顔を埋めた。
「キサマは、ワタシの標だったのよ……キサマが揺らいだら、ワタシまでどうすればいいのかわからなくなる……」
そのか細い声は、どの爪痕よりも三笠の胸に深々と刻まれた。
三笠はゆるゆると、その銀髪に触れる。
「すまん」
「謝罪なんかいらない……惨めになる」
「そうか」
「……具合は、どうなの」
「気にしてくれていたのか」
「やかましいわね」
スワロフは鬱陶しそうに言って、突き放すように三笠から体を離した。
目元を拭う彼女に対し、三笠は慎重に口を開いた。
「私はなにも問題はないよ。だから気にしなくてもいい」
「……とてもそうは見えないわね」
「本当さ。――さて、私はもう休むよ」
三笠ははだけた襟元を整えると、洗面所の出口に向かおうとした。
「あ……三笠……」
ためらいがちにスワロフが三笠の名を呼ぶ。
「なんだ?」
振り返ると、スワロフは迷子のように視線をあちこちにさまよわせる。
やがて彼女は顔を伏せ、首を振った。
「なんでもない……」
「……そうか。お前も、もう寝るんだぞ」
「えぇ……」
「では、おやすみ」
物言いたげなスワロフを残し、三笠は洗面所を出た。




