三.
「う、ぐっ――!」
三笠は布団を蹴り飛ばして立ち上がった。
急激に吐き気がこみ上げてくる。どっと冷や汗が全身から噴き出す中、口元を押さえて三笠はがむしゃらに走った。
体中をあちこちにぶつけつつ、三笠は洗面所に駆け込んだ。
「く、ごほっ……!」
涙をこぼしつつ、胃の中身をひたすら吐き出す。
ひたすら吐いた後、三笠は崩れ落ちるようにして床に座り込んだ。
「はぁっ、はぁっ……くそっ」
あれだけ吐いたのに、大佐の顔が頭から消えない。
スクリーンに焼き付いたように、いつまでも三笠の脳裏に赤黒い姿を残している。
そして――掌。
三笠はゆっくりと自分の手を顔の前に広げる。白い肌には、なんの傷も汚れも無い。
なのに、松島を殺したあの感触が消えない。
三笠は口元を強引に拭い、がっくりとうなだれた。
「……みか、さ?」
かすかな声が聞こえた。
三笠は頭をたれたまま、ゆらりと視線を動かす。
戸口からスワロフが顔を覗かせていた。青い瞳に戸惑いの色を浮かべ、三笠を見ている。
「……起こしたか」
「いや、最初から起きていたけれど……その……」
「そうか……」
三笠は壁に頭をもたせかけ、目を瞑った。
ゆっくりと深呼吸する三笠に、スワロフがおずおずと問いかけてくる。
「その……どうしたの?」
「何が」
「吐いたのでしょう?」
「あぁ」
「その……えー……だ……大丈夫、なの?」
ひどくぎこちない問いかけだった。
そのか細い声と、こちらの様子をうかがうような態度がなぜだかひどく滑稽に見えた。
先日出会ったときの殺気だった姿とはとても重ならない。
三笠は顔を覆い、喉を鳴らして笑った。
「な、何を笑っているの! 気でも狂ったの?」
「……どうなんだろうな」
【大襲来】以降、薬なしでは悪夢でろくに眠れない。
そんな自分が正気かどうかは怪しいところだ。三笠は自嘲しつつ立ち上がった。
スワロフが眉をつり上げる。
「キサマ、一体なんの――!」
「私は眠るよ。夜中に騒いですまなかったな」
「ちょっと――」
「お前も早く寝ろ。まだ傷は完治していないんだから」
「三笠!」
「……ッ!」
怒声と共に肩を掴まれ、三笠は壁に押しつけられた。
三笠が息を呑む。
「……どうした?」
「どうしたもこうしたもないわ! 様子がおかしいでしょう!」
今までにないほどの至近距離から、スワロフの紺碧の瞳が三笠を睨み付けていた。
「お前がそれを気にしてどうするんだ?」
「それはっ……その……なんだっていいじゃない!」
スワロフの指がきつく三笠の肩に食い込む。
「痛ッ……!」
三笠は反射的にスワロフの手を掴もうとする。
しかしその拍子に乱れた着物が肩からずり落ち、白い胸元が晒された。
「キサマはワタシの……!」
スワロフが口をつぐんだ。
青い瞳が一気に見開かれ、細い喉がこくりと小さな音を鳴らす。




