二.
「手遅れだ、三笠」
「そんな事は無いッ、腕さえ、腕さえ斬れば汚染はッ――!」
「私は私の体のことを誰よりも把握している……だから、わかる。もうじき私は、マキナとしての体と理性を保てなくなる」
だから殺せ、と。松島は短刀を握る三笠の手を、自分の胸元に引き寄せた。
心臓の鼓動が一気に早まる。
急に手の中の短刀が重みを増したように感じた。
「い、いやだ……」
「魄炉に瘴気が回れば、私は妖魔と化す……そんな屈辱を被るつもりはない。私は皇国の忠臣として、マキナの松島として死ぬ」
「他に、他に手は、何か手があるはずでしょう……!」
「何もない。お前がなすべき事は、一息に私を殺すことだけだ」
「い、いやだ……そんな、そんなの……!」
三笠は激しく首を振る。
十二年前、同じように雪深い畏原の地で三笠は松島に救われた。なのに今――同じように雪振りしきるこの場所で、三笠は松島を殺そうとしている。
震える彼女の手を、松島の手がきつく握りしめてきた。
「……介錯の仕方は教えたはずだろう」
「しっ、知らない……っく、そんなもの、私は知らない……!」
駄々をこねる子供のように、三笠は涙をこぼす。
魄炉を壊せば、マキナは死ぬ。人外細胞は瓦解し、跡形も無く消えてしまう。――それはマキナになってすぐに、目の前の男から教えられた。
それでも、認めたくはない。
「どうして、どうしてそんな事を……どうして、私に……ッ!」
「お前しか、いないからだ」
そしてお前を最高の作品にするために、と。
松島は黒ずんだ血の泡を吐きつつ、うなるような声で言った。
「情けを捨てろ。心を殺せ。この後、お前はいくらでもこんな場面に遭遇するぞ。お前の選んだのはそういう道だ。その第一の礎となるのが、この松島だ」
「くっ……うぅ……!」
「何故涙をこぼす? お前は人である事を辞めたはずだ。そんなものは拭い捨てろ。お前のやるべき事は泣きわめくことではない、私を殺すことだ」
「いやだ……いや……もう、もうやめて……」
「……仕方の無い奴だ」
涙を流して首を振り続ける三笠に対し、松島は深いため息を漏らした。
――瞬間、急に短刀にかかる力が強くなった。
「あっ……」
三笠が抗う間もなく、その切っ先はまっすぐに松島の胸元へと吸い込まれていく。
松島は最期、笑った。




