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天気晴朗ナレドモ水ノ月  作者: 伏見 七尾
四.二人のインペラートル
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一.

 初瀬の元を訪れてから、瞬く間に二日が過ぎた。

 相変わらず朝日の消息はわからなかったが、世間は特に何事も無く回っていた。

 だが、三笠の夢は確実に悪化していた。

 そして――三日目の夜。


 ――雪が降っていた。

 時折肌を切り裂くような風が吹きすさび、視界を白く煙らせる。

 だがどれほど風が吹いても、むせかえるような錆臭さは消えない。雪はあちこちが血に染まり、赤白のまだら模様になっていた。

 その所々に、殺された人間達の手足が突き出ているのが見える。

「――私を殺せ」

 三笠の膝元で、大佐は――松島は言った。

 灰色の髪は血に汚れ、鋼色の瞳はほとんど凍っているように見えた。

「なに、を……」

 三笠は目を見開く。

 すると松島は大きく吐息して、かすれた声でまた言った。

「私を殺せ……と言った」

「そんな――!」

 松島は、やっと見つけた生存者だった。

 ボーリグラートへと向かう道の途中、三笠達は無数の死体が埋められている場所を見つけた。そこで、奇跡的に生き延びていたのが彼だった。

「できません! そんなこと――どうして、私が大佐を殺さねばならないのですか!」

「……もう、私は駄目だ」

 松島はおもむろに自分の襟元に手を伸ばすと、シャツを引き裂いた。

 びりびりと音を立て、むごい傷が晒された。

 胸は大きくえぐられ、赤黒い血に染まっている。凍り付いた血肉の中で、白い蜘蛛の足を思わせる肋骨が鮮やかに見えた。

 常人ならば、すでに死んでいてもおかしくはない傷た。

「魄炉は……魄炉は、無事ではありませんか」

 かすれた声で繰り返し、三笠は松島の胸元を指さす。

 霜の浮いた肉塊に埋もれるように、鈍く輝く魄炉があった。

 見た目はややオルゴールの機関部に似ている。無数の制御具と中枢たる核石から成る巫覡機関は、心臓を組み込むような形で移植されていた。

 核石には、かすかな光が点っている――魄炉が稼働している証だ。

 しかし、松島はかすかに首を振った。

「駄目だ……じきに、私は死ぬ」

「何をおっしゃるのですか! 魄炉が無事ならばマキナは死なぬと、貴方は教練のたびにおっしゃったではありませんか!」

「それでも……マキナ『松島』は、ここで死ぬ」

 松島はほうと息を吐きつつ、ゆっくりと右手を持ち上げて見せた。

 その手は、指先から肘までがどす黒く染まっていた。赤い亀裂のような模様がびっしりとその肌を覆い尽くしている。

「妖魔の瘴気にやられた……私の魄炉は、この朽ちた肉体が崩れぬよう維持するのにせいいっぱいだ……自力で浄化できん」

「なら、私が――!」

 三笠は腰にくくりつけたホルダーを探り、霊水の詰まった瓶を取り出す。

 だが、松島は首を振る。

「わかるだろう……これだけ汚染が進行すれば、もう処置は無理だ……」

「それならッ、右手を切断すれば――ッ!」

 霊水の瓶を放り、三笠は短刀を引き抜いた。

『皇國興廃在此一戦』の銘を刻んだ刃を松島の右手に向け、息を整える。

 しかし――松島の左手が、柄を掴む三笠の手に重なった。

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