二十四.
三笠はふと、首をかしげた。
「そういえば、今日は斬りかかってこなかったな」
「なんですって?」
スワロフが足を止め、振り返る。
刺すようなまなざしにやや辟易としつつ、三笠は言った。
「見ていて苛立つというわりには、今日は私に一度も刃を向けていないじゃないか。それどころか、さっきは私をかばった」
八島に攻撃されたあのとき、スワロフは明らかに三笠を助けるために動いていた。
そのことを指摘した瞬間、彼女は青い瞳をすっと細めた。
「……あら、刃を向けてほしいのかしら?」
スワロフの声が一気に冷え込む。
軽はずみな事を言ってしまったようだ。三笠はやや身構えた。
スワロフの手がゆるりとサーベルの柄にかかり――そのまま、下ろされた。
「フン……」
鼻を鳴らし、スワロフはそっぽを向く。
やや拍子抜けした三笠は、何度も目を瞬かせた。
「どうした?」
「……今日は気が乗らないだけよ」
「いや、しかし」
「黙っててちょうだい。いちいち構わないで」
スワロフはきびすを返した。
三笠はやや呆気にとられ、夕闇の中を進んでいく彼女の背中を見つめた。
「……なんなんだ、一体」
ため息をつき、三笠は空を見上げる。
すると群青に染まりつつある空の片隅に、小さな光を見つけた。
「む……あれがアマツキツネ、かな」
三笠は目をこらす。
青白い光の塊が、彗星のように細い尾を引いている。まだかなり小さいが、もう少し日が経てばよりはっきりと見えるようになるだろう。
あの霊獣が最接近する頃には、朝日は帰ってくるだろうか。――ふと、三笠は考えた。
「キサマ! 何をしているの! さっさと歩きなさい!」
「あ……あぁ、わかった」
スワロフの怒声に三笠は我に返り、慌てて歩き出した。
もう一度、アマツキツネを見上げる。
「……朝日姉さんとあれを見てみたいものだ」
思えばもうずいぶん長い間、敷島型四人が一つの場所に集まったことはなかった。
できれば四人であの霊獣を見上げたい。
そう思いながら、三笠は苛立った様子で待っているスワロフの元に急いだ。




