二十三.
外に出ると、夕闇が迫りつつあった。レンガの小路にはいつの間にかガス灯が点り、近くの洋食屋やビヤホールにもちらほらと背広姿の紳士が集いつつある。
「ひっでぇ目にあったぜ……」
三笠の前で、敷島がげっそりとした顔で肩を落とす。
「八島に何か無体なことをされたのか?」
「いや……近くの喫茶店に連れてかれてな。そこで丁重にもてなされたぜ。そんでおれがいかに鬱陶しいか懇切丁寧に語られたぜ」
「そ、それは大変だったな……」
暴力よりも応えそうだ。
対応に困る三笠の前で、敷島は子供のように頬を膨らませる。
「仕方ねぇじゃん。どういうわけかおれ以外の敷島型は曲者揃いだからな。次女は問題外だし、三女は憂鬱症だし。それに三笠も危なっかしいと来てやがる」
「私はそんな――」
「見てて危なっかしいんだよ、ほんと」
敷島は三笠の肩を掴んだ。
熱く、力強い手。初瀬の細く冷ややかな指先とはまったく異なる感触のそれが、魂までがっしりと捉えてくるような気がした。
「辛い時はいつでも頼れば良いんだよ。まっすぐ歩けねぇ時はおれが支えてやる」
「……あぁ」
何故か、真摯に見つめてくる赤い瞳を直視することができなかった。
敷島は嘆息して、三笠の肩から手を離した。
「ったく、なんだってみんなまっすぐ生きられねぇんだろうな――っと!」
チリチリと小さなベルの音が響く。
敷島はカーゴパンツのポケットからラジオベルを取り出し、画面を確認した。
「うお、鎮遠からだ。すぐに帰ってこいって」
「店が混雑しているんじゃないか?」
「いや、なんかおれに客が来てるみたいなんだが――悪ぃ、おれここで抜けるわ」
「気にすることはないさ。それより、早く行ったほうが良い」
申し訳なさそうに手を合わせる敷島に対し、三笠は笑って首を振った。
「すまねぇ、また連絡するぜ――じゃあな!」
敷島はきびすを返し、夕闇の中を駆けていった。
遠ざかっていく彼女の背中を見つめる三笠の耳に、呆れた様子の声が聞こえた。
「フン……脳天気なヤツね」
「敷島姉さんの事か?」
「それ以外に誰がいるというの? アイツは何も考えないで生きているヤツだわ」
足音に続いて、隣にスワロフが立つ。
彼女は腕組みをして、青い瞳でじっと敷島の後ろ姿を見つめていた。
しかしやがてため息をつき、三笠に向き直る。
「キサマはキサマで、生きることに不真面目だわ」
「……そう、かな?」
「そうよ……キサマは馬鹿で不器用で独りよがりなヤツよ」
吐き捨てるように言って、スワロフは三笠を睨む。
神社の境内で会った時、その青い瞳には三笠に対する憎悪と殺意が込められていた。
しかし、今はどこか違う気がする。
何が違うかまではわからないが――そのまなざしは、今まで以上に心を貫いてくる。
「――見ていて、とても腹が立つ」
絞り出すような声だった。
やがてスワロフは視線をそらすと、きびきびとした足取りで歩き出した。




