二十二.
「それは今じゃないのか? 朝日姉さんを助ける準備はできているぞ」
「いいえ、少なくとも今はまだその時ではないわ。なんの音沙汰もないし。……それに、あなたにはまだ、その時を迎える覚悟が足りていない」
「覚悟はできて――っ!」
冷たい指で唇をなぞられ、三笠は口を閉じた。
初瀬は三笠の顔をのぞき込むと、子供を諭すような口調で囁いた。
「ねぇ、よく聞いて――安定性を欠いたあなたじゃ、どんな目に遭うかわからない。あなたの姉を名乗る者としては、大人しくしていてほしいわ」
「……そんなことが、私に出来ると思うか?」
「無理でしょうねぇ。本当に困ったちゃんなんだから」
初瀬はため息を吐きながら立ち上がり、部屋を横切った。そして重厚な作りの箪笥の引き出しを開け、中から小さな銀の指輪を取り出す。
「……これを、あなたに」
「その指輪はなんだ?」
「お守りよ。どうしても朝日姉に関わりたいというなら、これをいつも必ず身につけているように。――寝る時も外しちゃ駄目よ?」
「どんな効果があるんだ?」
「ないしょ。ただ必ずあなたを助けてくれるわ」
初瀬は三笠に近づくと、その左手をとった。手の中で指輪をころころと転がしながら、いたずらっ子のように笑う。
「左手薬指でもいい?」
「……変な誤解を受けるから、右手で」
「えぇー」
初瀬は唇を尖らせつつも、右手の指にその指輪を嵌めてくれた。
絡まり合う茨をモチーフとした指輪だ。小さな赤い石が一つはめ込まれている。
「……外したら、おしおきよ?」
初瀬は薄く笑った。緩やかな弧を描く唇から錐のように鋭い犬歯が覗く。
三笠はやや引きつった顔で笑い、右手を握りしめた。
「気をつけよう。――それでいつになったら状況は動く?」
「もし動きがあるとすれば、そんなに時間はかからないでしょうね。次の満月を迎えるまでかからないわ。――でもね」
初瀬はすっと目を細め、三笠の唇に指先を当てた。
「わかるかしら? ……朝日姉があなたたちの助けを必要とする、ということの意味が」
「あの人だけで事態の収拾がつけられなくなった……ということだろう」
「そうよ。えらい子ね」
初瀬はくすくすと笑って、三笠の額にそっと口づけてきた。
柔らかく――だが、ひんやりとした唇だった。その冷たさに、この少女がかつて一度暗い水底に沈んだという事を思い知らされる。
死を超越した彼女は、一体この事態をどう動かすつもりなのだろう。
「……姉さんは、今後どうする?」
「そうね……あんまり関わりたくはないわ」
「無責任な奴ね。キサマ、朝日とやらから何かしら相談を受けたわけでしょう?」
スワロフが眉をひそめ、咎めるような言葉を放つ。
初瀬は三笠の髪に指を絡ませつつ、こくりと首をかしげた。
「だって朝日姉はわたしに助けてくれなんて一言も言ってないもの。……それにあの人絡みってたいていロクなことにならないわ」
「では初瀬姉さんは、今後この件に積極的に関わるつもりはないのか?」
「死人に口無し、だもの……ただ」
左目を隠す眼帯に触れ、初瀬はやや目を細めた。
そしてごまかすように、おもむろに三笠にぎゅうっとしがみついてくる。三笠は黙って、自分の肩口に埋もれる白髪を軽く手で梳いた。
「まぁ――この後の雲行き次第、ね」




