二十.
首を振ると、初瀬はティーポットを盆に載せた。
「……まぁ、わたしの話なんてどうでもいいわ」
初瀬は三笠達に紅茶を注ぎ、茶菓子の入った籠をテーブルの中央に置いた。
そして最後に、当然のような顔で三笠の膝に座る。驚くほどに軽い体を猫のようにすり寄せつつ、彼女は甘い声でたずねた。
「それで三笠はわたしに何のご用? どんなことでも答えてあげるわ」
つう、と。冷ややかな指先が、顎から首筋にかけての線をなぞってくる。
思わず体を震わせつつ、三笠は静かにたずねた。
「朝日姉さんの事を教えてほしい」
「やだ」
沈黙が訪れた。
三笠はゆっくりとティーカップを置くと、胸元でくつろぐ初瀬を見下ろした。
「……どんなことでも答えるのでは?」
「わたしにだって答えたくないものはあるわ。死人に口無し、だっけ?」
「話が違うじゃない!」
カチャンと音を立ててカップを置き、スワロフが鋭い目で初瀬を睨む。
初瀬は物憂げにため息をついた。
「だって朝日姉の話は、三笠にとって絶対に良くないもの。かわいい三笠があぶない目にあったら大変じゃない。だから、やだ」
「……私にとってよくない?」
三笠は眉を寄せて、自分の膝の上でブリオッシュを一口かじる初瀬を見下ろした。
「……朝日姉さんは、何か厄介なことに巻き込まれているのか?」
「そうね。わたしもあまり詳しくは聞いていないけど。ただこれだけは言えるわ……朝日姉のことは放っておきなさい」
「そういうわけにはいかないだろう」
「……そもそも何故、三笠にとってはよくないのかしら?」
スワロフが口を挟んだ。
その声に、さくさくとブリオッシュをかじっていた初瀬は彼女の方を見る。
「あら……バルチックの総隊長さん。そんなに三笠のことが気になるの?」
「気にして悪いかしら?」
スワロフはつんと顎をそらす。
初瀬は物珍しそうな様子で彼女を見つめていたが、やがてくすくすと笑い出した。
「……そうね。むしろ良いことかもしれないわ」
「それより早くワタシの質問に答えて。キサマの話は要領を得ない」
「さっきも言った通りよ。三笠は精神的に危ういから……引きずり込まれてしまうかも」
初瀬は囁き、三笠に顔を近づけてきた。
三笠は間近に迫る赤い瞳に思わず息を呑む。初瀬は構わず彼女の両頬に手を添えると、額を合わせてきた。




