十九.
初瀬に案内されたのはリビングに当たる部屋だった。
ここにも薔薇や髑髏をモチーフとしたゴシックロリータ趣味の家具が多く配され、どことなく童話の世界に迷い込んだような錯覚を受ける。
「座って。今、お菓子も用意するから」
「そんな気を遣わなくても……!」
「いいの。わたしが甘やかしたいだけだから……ともかく座って」
振り向きもせず、初瀬はティーポットやら紅茶缶やらを初瀬は引っ張り出し始めた。
三笠は渋々アンティーク調のテーブルにに着く。
スワロフは警戒しているのか、部屋の入り口に腕組みをしたまま立っていた。
「あなたも座りなさいな。やっぱりアリョールの人は紅茶にジャムを合わせるの? わたしはよくオレンジリキュールを入れるけど」
「……キサマ、子供でしょう? 酒を飲むの?」
いぶかしげにスワロフは細い眉を吊り上げる。
初瀬はいくつかのジャム瓶を手に振り返り、幽雅に微笑んだ。
「あなた、おいくつ?」
「……二十三だけれど」
「あら、意外。わたしより一歳お姉さんなのね」
「とうぜ――え、一歳?」
「わたしはこれでも二十二よ。苦めのチョコレートと、ウイスキーが好き」
初瀬はつんと顎をそらすと、紅茶の支度に取りかかった。
スワロフは驚愕の表情で三笠を見る。
「……冗談でしょう?」
「本当だ。あの人は敷島型の――いや、神州のマキナの中でも特異な存在でな」
「特異?」
「えぇ、そうよ」
首をかしげるスワロフに対し、初瀬が答えた。
熱湯をティーポットに注ぎつつ、彼女はつらつらと語り出した。
「適性がないとマキナにはなれないわよね。適性のない人間に魄炉を移植すると体が拒絶反応を起こして死亡するか――妖魔になっちゃう」
「……だからどの国でもマキナは少数だ。適性検査も今は志願制になっている」
三笠は渋い表情で、魄炉が内蔵されている自分の左胸を押さえた。
初瀬はくすくすと笑う。
「けどもっとたくさんマキナがほしい……だから、愉快なことを考えた人がいるの」
「……愉快なこと?」
不吉な予感がしたのか、スワロフがこくりと唾を飲み込んだ。
初瀬はゆらりと振り返る。
「……死体にね、魄炉を埋め込むの」
「――ッ!」
スワロフが口元を押さえた。
その様子に初瀬は愉快そうに目を細めると、自分の左胸に軽く指を置いた。
「死んでいれば、拒絶反応は起こらないんじゃないかって考えたのね。だから霊軍研究所の人たちはせっせと死体を集めて、魄炉を移植したの」
ほとんど失敗したけどね、と初瀬は肩をすくめる。
いわゆる『屍式マキナ計画』――三笠もその話は松島から聞いていた。ただその計画は、リスクの高さ故に頓挫したという。
「……姉さんは、たしか享年十三だったか?」
「ふふふ、そうよ。水難事故に巻き込まれてしまって……懐かしいわ。八島がマキナになったのはそのすぐ後だったわね」
「さ、さっきの蛮人も、元は死体なの?」
「……いいえ、あの子は違うわ」
やや引きつったスワロフの言葉に、初瀬は急に不機嫌そうな顔になった。
唇を尖らせ、くるくると髪の毛をいじりだす。
「まぁ、死にそうにはなったわ。あの子はね、わたしの後を追おうとしたの。未遂だったけれども。……ばかみたいでしょう?」
「……それだけ、姉さんのことが好きだったんじゃないか?」
「そうでしょうね。……でも、わたしは命を大事にしない子はきらいよ」
初瀬は淡々とした口調で言い切ったが、その瞳は悲しげに伏せられていた。




