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天気晴朗ナレドモ水ノ月  作者: 伏見 七尾
参.死人に口無し
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十八.

「それに」と言って、初瀬は片腕で倉庫の様子を示した。棚のいくつかは切り裂かれ、荷物が部屋中に散らばっている。

「……また倉庫を荒らしたわね」

「す、すまな――」

「いい加減辻斬りみたいな真似はやめてって――わたし、何度も言ったわ」

「う、うぅ……!」

 八島の顔色が一気に青ざめる。

 硬直したままのスワロフの腰を抱きしめると、初瀬は冷えた声音で言い放った。

「二十分以内に全部片付けて。――出来ないなら一ヶ月無視するから」

「十分でやるッ!」

 血相を変えた八島は野太刀を納め、片っ端から棚に荷物を詰め込み出す。

「ごめんなさいね……あの子、こないだ出雲にやられたのが相当悔しかったみたいで」

「……出雲にも、斬りかかったのか?」

 本当に辻斬りではないか。三笠は呆れた思いで、ため息をつく。

 初瀬はこくりとうなずいた。

「うん。ばかみたいよね。というかばかよね、ただの」

「キ、キサマ……は、離しなさい……!」

「あら、ごめんなさい」

 初瀬はゆっくりと腕をほどき、人差し指をゆらりと動かした。

 するとサーベルを掴んでいた白骨腕が溶けるように消え去る。同時にスワロフは大きく初瀬から離れ、怯えのにじんだ目で彼女を睨んだ。

「キ、キサマ……一体何をしたの!」

「何をって――あぁ」

 激しい口調のスワロフに対し、初瀬は一瞬首をかしげた後で幽かに笑った。

 片手を丸めて、猫のように動かす。

 ガシャリ。その背後に骸骨が現れ、同じように猫のポーズをとった。

「……これのこと?」

「~~~ッッッ!?」

 スワロフが声にならない悲鳴を上げ、腰を抜かした。

「あらあら……怖いの? わたしの亡霊ちゃん。ほら、にゃんにゃん」

 初瀬はくつくつと笑って、丸めた手を動かす。

 銀色に輝く骸骨もその動きを真似るように、がしゃがしゃと両手を猫のように動かした。

 シュールかつグロテスクな光景にスワロフが顔を覆う。

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

「や、やめてやってくれ初瀬姉さん!」

 うわごとのように何者かに謝りだしたスワロフを見て、三笠は慌てて制止に入る。

 初瀬は笑いながら軽く手を振り、骸骨を消した。

「ふふふ……かわいい。戦場じゃ骸骨なんてゴロゴロしてるでしょうに」

「少なくとも動く骸骨は無い――スワロフ、大丈夫か」

「やかましいッ! 放っておいて!」

 スワロフは顔を覆ったまま激しく首を振った。

 とりあえずそっとしておくことにして、三笠は初瀬の方に向き直った。

「……久々だな。姉さん」

「そうね。ずっと会ってなかったわね。――わたしはいつも三笠を待ってるのに」

 初瀬は目を伏せた。

 その赤い瞳からぽろぽろと大粒の涙が零れてくるのを見て、三笠は慌てる。

「す、すまないッ……忙しくて……」

「うそよ、うそつき」

 初瀬は首を振り、黒いレースのハンカチを目元に当てた。

「出雲にはよく会いに行くのでしょう? こんなにかわいい姉を放っておいて……ひどいわ、わたしはいつも寂しくて――」

「初瀬ぇえええええ!」

 突如、雄叫びが響き渡った。

 三笠がハッと視線を移すと、意識を失っていたはずの敷島が駆けてくるところだった。顔いっぱいに笑みを浮かべ、初瀬めがけて突進してくる。

「ひっさびさだなぁあああああ! 元気にして――!」

 初瀬はハンカチに顔を埋めたまま、敷島に人差し指を向けた。

 瞬時に二体の骸骨が現れ、敷島を拘束する。

「どわわっ! 何しやがる!」

「敷島姉の顔は見すぎて飽きてしまったわ……正直、うざい」

「なんだとぉ我が儘な奴! 三笠と違って姉ちゃんならいつでも相手をしてやるのに!」

「わたしは適度に放っておいてほしいの――八島、片付けておいて」

 くすんと鼻を鳴らしながら、初瀬が命じる。

 すると一通り棚に物を片付けた八島が瞬時に敷島に近づき、その腕を掴んだ。そして骸骨とともに、彼女を引きずっていく。

「わぁああコラ! 何しやがる辻斬り!」

「いいから来い! 貴殿の接し方の何がいけないのかじっくり教えてやる!」

 がみがみと言い争いながら二人は倉庫の外に出た。

 初瀬はハンカチで涙をぬぐうと、そっと右側のドアを示した。

「とりあえず、いらっしゃいな――お茶を淹れてあげる」


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