十八.
「それに」と言って、初瀬は片腕で倉庫の様子を示した。棚のいくつかは切り裂かれ、荷物が部屋中に散らばっている。
「……また倉庫を荒らしたわね」
「す、すまな――」
「いい加減辻斬りみたいな真似はやめてって――わたし、何度も言ったわ」
「う、うぅ……!」
八島の顔色が一気に青ざめる。
硬直したままのスワロフの腰を抱きしめると、初瀬は冷えた声音で言い放った。
「二十分以内に全部片付けて。――出来ないなら一ヶ月無視するから」
「十分でやるッ!」
血相を変えた八島は野太刀を納め、片っ端から棚に荷物を詰め込み出す。
「ごめんなさいね……あの子、こないだ出雲にやられたのが相当悔しかったみたいで」
「……出雲にも、斬りかかったのか?」
本当に辻斬りではないか。三笠は呆れた思いで、ため息をつく。
初瀬はこくりとうなずいた。
「うん。ばかみたいよね。というかばかよね、ただの」
「キ、キサマ……は、離しなさい……!」
「あら、ごめんなさい」
初瀬はゆっくりと腕をほどき、人差し指をゆらりと動かした。
するとサーベルを掴んでいた白骨腕が溶けるように消え去る。同時にスワロフは大きく初瀬から離れ、怯えのにじんだ目で彼女を睨んだ。
「キ、キサマ……一体何をしたの!」
「何をって――あぁ」
激しい口調のスワロフに対し、初瀬は一瞬首をかしげた後で幽かに笑った。
片手を丸めて、猫のように動かす。
ガシャリ。その背後に骸骨が現れ、同じように猫のポーズをとった。
「……これのこと?」
「~~~ッッッ!?」
スワロフが声にならない悲鳴を上げ、腰を抜かした。
「あらあら……怖いの? わたしの亡霊ちゃん。ほら、にゃんにゃん」
初瀬はくつくつと笑って、丸めた手を動かす。
銀色に輝く骸骨もその動きを真似るように、がしゃがしゃと両手を猫のように動かした。
シュールかつグロテスクな光景にスワロフが顔を覆う。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
「や、やめてやってくれ初瀬姉さん!」
うわごとのように何者かに謝りだしたスワロフを見て、三笠は慌てて制止に入る。
初瀬は笑いながら軽く手を振り、骸骨を消した。
「ふふふ……かわいい。戦場じゃ骸骨なんてゴロゴロしてるでしょうに」
「少なくとも動く骸骨は無い――スワロフ、大丈夫か」
「やかましいッ! 放っておいて!」
スワロフは顔を覆ったまま激しく首を振った。
とりあえずそっとしておくことにして、三笠は初瀬の方に向き直った。
「……久々だな。姉さん」
「そうね。ずっと会ってなかったわね。――わたしはいつも三笠を待ってるのに」
初瀬は目を伏せた。
その赤い瞳からぽろぽろと大粒の涙が零れてくるのを見て、三笠は慌てる。
「す、すまないッ……忙しくて……」
「うそよ、うそつき」
初瀬は首を振り、黒いレースのハンカチを目元に当てた。
「出雲にはよく会いに行くのでしょう? こんなにかわいい姉を放っておいて……ひどいわ、わたしはいつも寂しくて――」
「初瀬ぇえええええ!」
突如、雄叫びが響き渡った。
三笠がハッと視線を移すと、意識を失っていたはずの敷島が駆けてくるところだった。顔いっぱいに笑みを浮かべ、初瀬めがけて突進してくる。
「ひっさびさだなぁあああああ! 元気にして――!」
初瀬はハンカチに顔を埋めたまま、敷島に人差し指を向けた。
瞬時に二体の骸骨が現れ、敷島を拘束する。
「どわわっ! 何しやがる!」
「敷島姉の顔は見すぎて飽きてしまったわ……正直、うざい」
「なんだとぉ我が儘な奴! 三笠と違って姉ちゃんならいつでも相手をしてやるのに!」
「わたしは適度に放っておいてほしいの――八島、片付けておいて」
くすんと鼻を鳴らしながら、初瀬が命じる。
すると一通り棚に物を片付けた八島が瞬時に敷島に近づき、その腕を掴んだ。そして骸骨とともに、彼女を引きずっていく。
「わぁああコラ! 何しやがる辻斬り!」
「いいから来い! 貴殿の接し方の何がいけないのかじっくり教えてやる!」
がみがみと言い争いながら二人は倉庫の外に出た。
初瀬はハンカチで涙をぬぐうと、そっと右側のドアを示した。
「とりあえず、いらっしゃいな――お茶を淹れてあげる」




