十六.
「ちぃ……!」
爆音により聴覚が狂う。一瞬均衡を崩した三笠めがけ、八島は野太刀を振り下ろした。
かろうじて体をひねり、その凶刃をかわす。
鈍い音ともに火花が飛び散った。一撃必殺の威力を持った野太刀はコンクリートの床にぶつかり、深々と亀裂を刻み込んだ。
「ほぉ、これでも抜かないのか」
「戦う理由がない……刀を収めろ、八島」
「嫌だね。私には理由がある」
八島はそう言い切り、刀を返した。
その意図を瞬時に理解し、三笠はとっさに背後に飛ぶ。直後八島の野太刀がごうっとうなりを上げて三笠の足があった場所を薙いだ。
一撃必殺の斬撃を紙一重でかわし、三笠は刀の鯉口を切った。
「疾ッ――!」
抜撃。鞘から迸った銀光が八島の首筋めがけて駆け上がる。
「ふぅん……」
八島は鼻を鳴らすと右手を持ち上げ、なんの躊躇もなく刃の軌道上に割り込ませた。
金属音。同時に、三笠の手に痺れが走った。
「甘っちょろい太刀筋だ」
「……ッ!」
「腕が落ちたなどというものではないな――ほとんどまがい物だ」
ギリギリと刃の噛み合う音が響く中、八島は紫苑色の瞳をどこか悲しげに伏せた。
その右手は三笠の刃を平然と受け止めていた。
「袖の下に籠手か……!」
「あぁ。――だが昔の貴殿ならば、これでもたやすく私の右手を持っていっただろうに」
八島の言葉には深い失望がにじんでいた。
ため息をつき――彼女は三笠の腹部に蹴りを叩き込んだ。
「がッ――!」
たった一撃で肋骨が砕け散り、体の底から激痛と共に鉄の味がこみ上げてくる。
三笠の体は大きく吹き飛び、奥の棚に叩きつけられた。
「先ほどの抜き打ち、手を抜いたな? 私の首に触れる直前で止めるつもりだったんだろ。甘い甘い……適当に戦って事なきを得ようとしたのが見え見えだ」
「ぐ、ごほっ……!」
粘ついた血を吐き、三笠は四肢に力を込める。
激痛が走った。再生しかかっている肋骨が、どこかの臓器を傷つけたような気がする。
「出雲が言っていた通りだな……貴殿は惰性で戦って、惰性で生きているだけだ」
「うっく……ぐっ……」
「まぁ仕方が無いことか。貴殿は昔から誰かに命じられなければ動けない奴だった。貴殿はいつも大佐の――松島殿の忠実な傀儡だった」
「黙れッ――!」
大佐の名前が八島の口から放たれ、一気に頭に血が上った。
痛みを無視して起き上がる三笠を、野太刀を肩に担いだ八島は退屈そうに見下ろした。
「松島殿がいなけりゃ戦えないのか? ――がっかりだな、三笠」
「違っ……!」
「――ヤァアアアア!」
鋭い叫びが空気を切り裂いた。八島がハッとした顔で振り返り、野太刀を振るう。
火花とともにサーベルが弾かれた。
「……なんのつもりだ、女」
「黙れ、蛮人」
サーベルを構え直し、スワロフは吐き捨てるように言った。
青い瞳が霊気に輝いている。
その目で八島を睨み付けたまま、スワロフはゆっくりと三笠の前に立った。まるで自分をかばうかのような動きに、三笠は目を見開く。




