十五.
「――きぃぇえああああああああッ!」
その瞬間、三笠の耳を凄まじい叫びが貫いた。
視界の端で、空箱が吹き飛んだ。反応が遅れる三笠めがけ、何者かが斬りかかる。
「くっ――!」
三笠はとっさに鞘に納めたままの刀を掲げ、その一撃を受け止める。
凄まじい重量が両腕を震わせた。じんっと一気に肩までがしびれ、三笠は唇を噛んだ。
「やや、期待外れだ。腕が鈍ったのではないか?」
襲撃者が目を細める。
三笠は眉を寄せ、彼女の紫苑色の瞳を睨んだ。
「……いきなりなんのつもりだ」
「どうした三笠! なんかあったのか!」
敷島がばたばたと区画に飛び込んできた。後から鋭いまなざしのスワロフも入ってくる。
彼女は襲撃者の顔を見ると、目を大きく見開いた。
「お、おい、何やってんだよ八島!」
「……ふふ」
襲撃者は――八島は低い声で笑い、三笠から距離をとった。
髪は黒く、前下がりな髪型にしている。整った顔立ちをしているが、三白眼気味のまなざしが近寄りがたい印象だった。首筋には鋲のついた首輪を嵌めている。
長身に漆黒のコートを纏い、銀のアクセサリーを無数に身につけている。
そしてその手には――身の丈ほどもある野太刀。
「久々に三笠の顔を見たものだからな。……少し、仕合でもしてみようかと」
八島はそう言って、軽々と野太刀を肩に担ぐ。
三笠は顔をしかめた。
「……なんだってみんな私と戦いたがるんだ」
「貴殿が最強だからだ」
「過去の話だ。もはやその称号は過去のものとなった」
「それでも、貴殿は伝説だ」
八島は野太刀を肩から下ろした。刀身に手を這わせ、紫苑色の瞳を細める。
「常勝不敗を誇るバルチックを完膚なきまでに叩きのめし、列強を震撼させ、極東に輝く栄光を手にしたマキナ。……誰だって、刃を交えたいと考えるだろう」
「……過去の話だ」
苦々しい表情でもう一度言って、三笠は視線をそらした。
「……それに、そんなに輝かしい記憶ばかりじゃない」
「ふぅん……そうなのか。当事者からすると、また何か違うということか」
八島は不思議そうに首をかしげた。
しかし惚けたような雰囲気とは裏腹に、その手は野太刀を高く構える。
「まぁしかし、そんなことはどうでも良い。……【大襲来】以降長らくの安寧で我が刃は飢えている。刀を抜け、三笠」
「馬鹿なことを言うな」
三笠は厳しいまなざしを八島に向ける。
すると八島はまた「ふぅん」と鼻を鳴らし、うなずいた。
「――そうか。初手は譲ってくれるのか」
「なっ……何故そんな――!」
「富士型マキナの二番、八島――参る」
八島は野太刀を高く構え突進する。
三笠は息を呑み、構えをとった。
「くそっ――」
「やめろ三笠! 八島の初太刀は――!」
その時敷島の叫びを吹き飛ばし、八島の絶叫が空気をびりびりと震わせた。
「きぃええあぁあああああッ!」
「……ッ!」
猿叫――本来は獣の如き絶叫を発し、相手に大きな隙を作る技。
しかし、八島のそれはほとんど音による砲撃だ。




