十.
「おぉ、香取じゃねぇか! なんかひっさびさに顔見た気がする!」
「先週会ったでしょ敷島さん」
「……誰?」
スワロフが眉をひそめた。
香取は香取の姿を見ると、いぶかしげな様子で首をひねった。
「え、アリョール人? 三笠先輩の知り合いですかね?」
「知り合い? フ、そんな生やさしいものではないわね。私は三笠の――!」
「あー! バルチック見っけー!」
突如、三笠達の背後から甲高い声が響いた。
香取がハッと目を見開く。
「河内さ――ああ、くそッ!」
「なに? なんなの?」
「――ッ!」
背筋に寒気が走った。三笠は反射的に混乱しているスワロフを強く突き飛ばす。
「きゃあっ! み、三笠、キサマこの――!」
スワロフの悪態を無視して、三笠は刀を手に振り返った。
その瞬間――風を切る音が響いた。
ちょうどスワロフの立っていた位置を、見えないモノが一瞬で通り過ぎた。それは三笠の頬をかすめ、浅く切り裂いた。
何かが自分を狙っていた事に気づいたのか、スワロフが目を見開く。
「三笠……?」
「ふん……じゃじゃ馬め」
三笠は頬の血をぬぐい、鼻を鳴らす。
視線の先で、凶暴な笑みを浮かべた河内がこちらに駆け寄ってきていた。
魄炉を起動しているのか、瞳が紫色に輝いている。
「外れちゃったか! ならもう一発――!」
「――禁!」
香取の鋭い叫びが響いた。
瞬間――右手を振ろうとしていた河内の足に、淡く輝く鎖が蛇の如く巻き付いた。
「ぎぇ!?」
河内が顔面から地面に転び、小さな悲鳴を上げた。
「……やれやれ」
香取がほうっとため息をついた。
その右手は人差し指と中指とを立てて刀印を結んでいた。指先には細い霊気の鎖が絡みつき、河内を捕縛しているモノを制御している。
「このクソボケが……話も聞かずに攻撃しないでくださいよ」
「ま、待って河内……上司にクソボケはダメだと思うよ」
「このアホが」
香取と河内のやり取りを聞きつつ、三笠はスワロフの元に近づく。そして地面に座り込んだまま放心状態の彼女に対し、そっと手をさしのべた。
「大丈夫か? 突然の事で、少し乱暴に扱ってしまったが」
「えっ……」
「怪我はないか?」
三笠がたずねると、スワロフは青い瞳を大きく見開いた。
そして苦い表情を浮かべ、三笠の手を取った。
「……怪我は、ない」
「ならばよかった」
「……腕が鈍ったわ。反応が遅くなってる」
「それは仕方がない、まだ万全の状態じゃないんだ。それより河内――」
「お前このクソボケがっ! このっ! このっ!」
三笠の言葉をかき消し、敷島の怒鳴り声が響いた。
見れば、地面に転がったままの河内の頭を小突いていた。その隣には香取がしゃがみ、「もっとやってやってくださいよ」とにやにやと笑っている。




