八.
「ひっ、う……!」
三笠は布団をはね飛ばして起き上がった。
こみあがってくる吐き気に口元を押さえ、大きく不規則に肩を上下させた。
大佐のあの声が、そして顔が――脳裏をぐるぐると巡った。
「なんて夢だ……ッ」
やがて吐き気は引き、三笠はゆるゆると手を下ろした。
そしてはだけた寝巻の襟を直しつつ、枕元に置いたオイルランプをつけた。
時計を見れば、時刻は深夜三時を過ぎていた。敷島と別れ、スワロフとともに自宅に帰ってから、四時間ほどが経過していた。
朝日邸での事が、全て遠い昔のことのように感じる。
「はぁ……」
三笠は布団にごろりと横たわり、しばらく中空を見上げた。
体は鉛のように重いのに、まるで眠くならない。
原因はわかっている。一つは大佐の夢のせいだ。そしてもう一つは、朝日から処方された睡眠薬がつきてしまったこと。
あの薬がなければろくに眠る事もできない。必ず悪夢を見て飛び起きるのだ。
「ん……」
三笠は小さく呻き、寝返りを打った。
白い腕を伸ばして、枕辺に広がる黒髪に指を滑らせる。
たわむれに集めては、散らす。それをいくら繰り返しても、目は冴えたままだった。
「……茶でも、飲むか」
三笠は立ち上がり、自室を出た。
廊下はしんと静まりかえっている。三笠は台所まで行こうとして、ふと足を止めた。
「……スワロフ?」
スワロフにあてがった部屋から、わずかに光が漏れている。
まだ起きているのだろうか。三笠は襖に近づき、そのわずかな隙間から中を覗き込んだ。
スワロフの横顔が見えた。
書き物机に身を乗り出すようにして、何かの書物を一心に読みふけっている。相当集中しているのか、三笠の足音にすら気づいていないようだ。
一体何を読んでいるのだろう。三笠は一瞬、声をかけようか悩んだ。
しかし、あれほどまで集中しているスワロフの邪魔をすることは気が引ける。下手に声をかければ、休戦協定を捨てて襲いかかってくるかもしれない。
そっとしておいてやろう。そう決めて、三笠は音も無く襖から離れた。




