七.
――紅葉も終わり、曇天に枯れ葉の舞う季節だった。
「明朝、私はボーリグラートに出兵する」
大佐の言葉に、先日十八歳になったばかりの三笠はカップを置いた。
そこは霊軍中央司令部の一角、肌寒いコンクリートの部屋だった。硬い椅子に座って三笠は珈琲を飲み、大佐は隣でゆっくりと資料を読んでいた。
三笠が視線を向けても、大佐はちらりともこちらを見ない。
「……革命に干渉するのですか」
「厳密には違う。主たる目的は現地住民の保護だ。あの町は我が神州との結びつきも強く、同胞と言える。……革命派の蛮行は、お前も聞き及んでいるだろう」
「……えぇ、少しは」
帝制に荷担していると見れば、革命派は老若男女関係なく情け容赦なく殺すという。アリョール各地で起こっている惨劇は、日々世界を震撼させていた。。
「さらにこの【大襲来】だ。住民達は革命派だけでなく、妖魔にも命を脅かされている。故に陸軍の増援とともに、私もボーリグラートに赴くことになった」
「……そうですか」
三笠は淡々と答え、珈琲を飲む。
大佐は資料を整えると、それを側に置いていた鞄にしまった。
「状況によってはいずれお前にも召集がかかるだろう。厳寒の地での作戦に備えておけ」
「……どうか、ご無事で」
小さな言葉に、大佐ははじめて三笠の方を見た。
鋼色の瞳をやや驚いたように見張った後、彼は薄い唇をかすかに釣り上げた。
「なんだ……まるで人間のようなことを言う」
「それは……不安、で」
「不安? そんな無駄な物は捨ててしまえ。お前はただ皇国の刃であれば良い」
それはこの六年間、ずっと刷り込まれてきた言葉だった。
十二歳で拾われた後、三笠は大佐の元で徹底的に鍛え上げられた。
『皇国の刃であれ』と命じながら大佐は三笠の肉を切り裂き、『心を捨てて刃と化せ』と念押ししながら三笠の骨を粉砕した。
一時はマキナの回復能力さえ追いつかず、全身の細胞が崩壊しかかったこともあった。
その時も生死の境をさまよう三笠に対し、大佐は言い聞かせた。
『お前は人を捨て、皇国を護る鬼と化したのだ』――と。
「三笠、お前は刃だ。刃には心もなにもない。お前はただ帝の望むまま、皇国によって振るわれる一振りの太刀となったのだ」
「はい……」
「雑念などは捨ててしまえ。そんなものは刃を覆う寂にしかならん」
大佐はそう言い切って立ち上がった。椅子の背にかけていた黒い外套をはおり、灰色の髪を押さえつけるように軍帽を被る。
「――三笠」
「……はい、大佐」
空っぽのマグカップの底を見つめていた三笠は顔を上げた。
「濁った水面に月は映らん――私がいない間もいっそう精進せよ」
大佐が振り返る。その顔は半ば凍り付き、胸からは赤黒い肉塊と白骨が露出していた。




