六.
リビングに入ると、まずソファに寝転んでいる敷島が目に入った。奥の壁にはスワロフがもたれかかり、じっと何かを考え込んでいる様子だった。
敷島は三笠に気づくと、「おぉ」と手を上げてきた。
「いちおうざーっと朝日の日記読んでたんだけどよ、気になる話が結構あったぜ」
「ふむ……」
三笠は敷島の側に近づくと、彼女が開いている日記をのぞき込んだ。見慣れたつんつんとした文字で、次のような事が書いてあった。
『やらなきゃいけない事ができた。初瀬に相談しにいく』
日付は八日前――朝日が行方をくらます前日のことだった。他のページは上司に対する愚痴などがびっしりと書かれていたが、このページにはこの一言しか書いていない。
「……やらなきゃいけないこと?」
「それがわからねぇ。日記を細かく読んでみたんだが、何も書いてねぇんだ」
「その初瀬とやらに会いに行けばわかるんじゃないの?」
「……どうだかな」
三笠は渋い表情で日記を閉じた。敷島も返答に困った様子で頬を掻いている。
二人の様子をいぶかしく感じたのか、スワロフは眉を片方つり上げた。
「……何よ、その反応は」
「初瀬はなぁ……多分おれ達三人の中で、一番朝日と仲が良いんだ」
「それがどうしたの?」
「……朝日姉さんのことを素直に話すとは思えない」
三笠はため息を交えつつ、スワロフに答えた。
敷島も難しい顔でうなずく。
「初瀬なら誰にも話さねぇって信用しての事だろうな。初瀬は姉妹の中でもかなりの秘密主義者だ。それに下手すりゃ朝日よりも厄介な性格してやがる……可愛いけど」
「――だが、放っておくわけにもいくまい」
敷島の最後の一言を無視して、三笠は日記を本棚に戻した。
眉にしわを寄せ、スワロフが首をかしげた。
「……結局、会いに行くの? その初瀬とやらに」
「あぁ。日記が正しければ、恐らく朝日姉さんに一番最後に会ったのは彼女だ。間違いなく、初瀬姉さんは何かを知っている」
「しっかし会えるかなぁ……。おれ、三日おきにあいつ会いに行ってるんだけどさ、いっつもいねぇんだもん。旅行にでも行ってんのか?」
「その過干渉が嫌われる原因じゃ――」
「私に任せてくれ敷島姉さん。私がどうにか手を打つから初瀬姉さんに会いに行こう」
スワロフの言葉を遮り、三笠は早口で言った。
腕を組んでうなっていた敷島は、その言葉に「お?」と目を見開く。
「マジか? お前、初瀬を召喚できんの?」
「しょ、召喚……あ、あぁ、できる。というか、その必要もない」
「お? なんだ、どんな裏技だ?」
「……裏技などはないさ」
きょとんとした顔の敷島に対し、三笠は肩を落とした。
初瀬の事は、決して嫌いではない。むしろ三女と四女という近しい順序の関係で、とても手厚く世話をしてもらったが――。
ふっと、初瀬の幽かな笑い声が脳裏に蘇った。
『ねぇ、三笠。かわいい三笠』
初瀬はいつも、やや吐息混じりに三笠の名を呼ぶ。
そして甘えるように体をすり寄せて、なんのためらいもなく頬に触れてくるのだ。
砂糖菓子のように白く繊細な指先。その感触は――。
三笠は一瞬身震いして、肩をさすった。
「……ともかく明日、初瀬姉さんに会いに行こう――私となら、必ず会える」




