五.
「明かりをつけるぜ」
敷島の言葉と共に、壁のスイッチがカチリと音を立てる。
すると、ユリの形をした照明が淡い光でリビングを照らした。
部屋はひどく散らかっていた。いくつかの棚が置かれているが、どれも中身はいっぱいだ。中央にはガラスのテーブルと、黒革のソファや椅子が置かれていた。
敷島は部屋をぐるりと見回し、眉を吊り上げた。
「あーあーあー、超散らかってるじゃねぇか」
「……これが、この部屋の通常なの? 物盗りにあったのではないの?」
「片付けに無頓着な人なんだ。――さて、と」
三笠はテーブルの上をざっと確認し、嘆息した。
「……しかし、節操のない人だ」
船の模型、ウィスキーの空瓶、ゼンマイ仕掛けの鳥の人形……様々ながらくたが転がっている。すべて、昨日の昼間に三笠が見たときのままだ。
それらに紛れ、無数の書類が乱雑に置かれている。
「ひどい散らかりようだわ……」
「何度も片付けろって言ってるんだが聞かねぇんだよ。勝手にやろうとすると怒るし」
敷島が愚痴りつつ、本棚から手当たり次第に本を抜き始める。
それをよそに、三笠は手近にあった革張りのファイルを開いた。
しかしその内容は半自動玉子割り機などという奇怪な代物の図面だった。他の書類も、ほとんどが朝日が気まぐれに書き起こした設計図のようだ。
「そう簡単にはいかないか……」
「おぉ、やったぜ三笠! 朝日の日記だ!」
「何……?」
三笠が振り返ると、敷島は革表紙の本を掲げてみせる。確かにその拍子には金のインクで『日記』と書かれていた。さらにその下には『読んだら殺す』と追記されている。
三笠は一瞬考えたあとで、敷島に指示を出した。
「敷島姉さんはそれを読んでいてくれ。私は他の所を見てくる」
「おう! 任せておけ!」
意気揚々と日記を開く敷島を置いて、三笠はリビングを出る。
追いかけてきたスワロフが眉をひそめた。
「……日記、いいの?」
「他にも痕跡があるかもしれない。書斎も見ておかなければ」
廊下に並ぶ扉の一つを開けた。無数の本棚が並び、部屋の奥には金属とガラスで出来たデスクが置かれている。部屋のあちこちに雑多ながらくたが転がっていた。
三笠は朝日のデスクに近づくと、その上を確認した。がらくたの中に紛れていた一冊のファイルを開き、眉をひそめた。
「……これは、六年前の」
それは崑崙戦争の顛末が書かれた書類だった。当時の戦況が簡潔に記されている。
――皇紀二五六五年、十一月。大夏国崑崙平原。
――皇国霊軍精鋭マキナ部隊【六六部隊】、バルチック部隊を撃破す。
――崑崙要塞はアリョール側の呪術攻撃の要となっていた。
――敵の呪詛により皇国陸海軍に多くの死者。
――制海権および補給路の観点でも、崑崙要塞の占拠は急務で――。
「何を読んでいるの?」
「……ッ!」
三笠はハッとして振り返った。
いつの間にか近づいていたスワロフが、いぶかしげなまなざしで彼女を見ていた。
「……研究所の物資についての書類だ。今回の件には関係なさそうだな」
三笠はファイルを閉じ、デスクの適当な引き出しに押し込んだ。
「ふぅん? ……それ、気になるわね」
「大した内容じゃない。研究所で購入した珈琲の額とか、そういうものだ」
涼しい顔で嘘をつきつつ、三笠はもう一つの引き出しを開ける。万年筆とノート、そして何故か大量のビー玉が入っていた。
「皇国霊軍の機密情報を期待しても無駄だぞ。そんなものはこの家にない」
「……フン」
スワロフは唇をへの字すると、サイドテーブルに置かれていた書類の束を手に取った。
三笠は別の書類を手に取る。
「なにか朝日姉さんの行方につながるものがあれば良いんだが……」
「……この資料、【大襲来】の時の――」
「――おい、お前ら! ちょっときてくれ!」
敷島の声がリビングから響いてきた。
三笠は途中まで読んでいたファイルから顔を上げ、首をかしげた。
「なんだろう……スワロフ、お前もついてこい」
「え、えぇ……わかったわ」
「ん? どうした?」
「なんでもない、わ……行きましょう」
スワロフはガサリと音を立てて書類を置いた。そして三笠の顔も見ず、逃げるように書斎から出て行ってしまう。
「……なんなんだ?」
三笠は眉をひそめつつファイルを閉じ、部屋を出た。




