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天気晴朗ナレドモ水ノ月  作者: 伏見 七尾
弐.凍土の獣と炎の拳
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十一.

 スワロフの唇が吊り上がるのが見えた、その瞬間。

「――魄炉起動ぉおおお!」

「なっ――!」

 突如響いた怒鳴り声に、スワロフが驚愕の表情で後退する。

 三笠ははっとして振り返った。

「敷島姉さん……!」

 敷島が怒りの形相で三笠達に向かって駆けてくる。三笠と同じくその長身を旧軍服に包み、さらに両手に金属で補強されたごついグローブを嵌めていた。

 その右手が、ごうっと音を立てて燃え上がった。

 敷島が地を蹴った。高く飛び上がり、拳を突き出してスワロフめがけて襲いかかる。

「でりゃぁああああああ!」

「くっ――魄炉起動ッ!」

 スワロフは表情をゆがめ、敷島めがけて掌をかざした。

 瞬時にスワロフの前に分厚い氷の盾が現れた。それは敷島の攻撃を受け止めるだけでなく、白い冷気を生み出してその拳を氷結する。

 敷島の手が、一気に肘まで凍り付いた。

「だっはっはァ! 甘いぜ!」

 しかし敷島は笑いながら、左の拳を固く握りしめた。するとゴッと爆ぜるような音がして、その左手が燃え上がる。

 さらに凍り付いていた右手からも炎が噴き出す。

「バカなっ――」

「行くぜぇバルチック! しっかりと目ン玉に焼きつけなッ!」

 敷島の左拳が、うなりを上げて氷の盾に叩き込まれた。

 甲高い音を立て、氷の盾が砕け散る。

「そんなっ――く、ふざけた真似を!」

 スワロフは怒りに顔を赤く染め、敷島めがけてサーベルを振りかざした。

 しかし敷島は襲い来る刃を軽くいなし、三笠の元までさがる。

「怪我ねぇか、三笠」

「敷島姉さん……いや、私は問題ないが――」

「そうか。よし。……てめぇコラァ! よくもうちの妹に手ぇ出してくれたな!」

 三笠の言葉を最後まで聞かず、敷島は燃えさかる指先をスワロフに向けた。

 その瞳は活発になった霊気と憤怒によって、赤々と輝いていた。

「六年前の崑崙戦争か、あれの恨みか! それしかねぇよな!」

「姉さん、もういい。私はなにも――」

 これ以上場を荒らしたくはない。

 三笠は敷島をなだめようとしたが、敷島はそれを無視して怒鳴った。

「いいか、てめぇの気持ちもよくわかる! あの後のアリョールはひどかったからな! けどな、一つ聞く。――その後、てめぇらバルチックは何をした?」

「何……?」

 スワロフが片眉を上げた。

 敷島は両手を大きく広げる。炎がたなびき、闇に赤い軌跡を描いた。

「いいか、崑崙戦争後はアリョール帝国は大混乱になった! あのバカでけぇ国ン中で革命派と帝制派が血みどろの争いを繰り広げたらしいな!」

「くっ、何が言いた――!」

「単純だぜ! 三年前――あの【大襲来】の時、てめぇら何してやがったんだ!?」

「なっ……それは……っ!」

「革命派と帝制派はそれでも殺し合いをやめなかったよな! てめぇらの国民が妖魔に襲われてる時も、ずーっと殺し合ってたんだ!」

「だ、黙りなさいッ! 平穏をむさぼっていた神州人が何を知ったようにッ!」

「知ってるぜ! いやさッ、おれは知らずとも三笠は知ってる!」

「み、三笠が……?」

 スワロフが青い瞳を見開いた。

 敷島は大きくうなずき、燃えさかる指先を三笠に向けた。

 これは、いけない。三笠は心臓の鼓動が一気に早まるのを感じた。

「あぁ、三笠は知ってるぜ! あたりめぇだ、だって――!」

「やめろ姉さん! それは――ッ!」

 しかし、敷島は止まらなかった。

 帝都の闇夜に轟くかと思うほどの声で、彼女は吼えた。

「てめぇらが殺し合ってるとき――アリョール国民の救援に向かったのは三笠だからな!」


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