十.
そして、夜が訪れた。
敷島が待ち合わせ場所に指定したのは、人気のない公園だった。街灯の明かりに、遊具の影が化け物のように浮き上がって見える。
三笠はブランコを揺らし、敷島を待っていた。
ふと出雲の話を思い出し、黒い軍帽の唾を持ち上げて夜空を見上げる。
「……アマツキツネは、まだ見えないか」
代わりにぽつぽつと星明かりが見え、三日月が静かに輝いていた。
三笠はひょいっとブランコから飛び降りた。すらりとした体を旧軍服に包み、足には動きやすいようゲートルを巻いている。
時計を確認すると、九時を十五分過ぎていた。
「敷島姉さんは、まだかな……」
「その敷島とやらが来たら、キサマの死体を見ることになるでしょうね」
「なっ――!」
聞き覚えのある声に、三笠はとっさに振り返った。
同時に、サーベルが振り下ろされる。三笠は反射的に数歩さがり、その凶刃を避けた。
鞘に納めたままの刀を構えつつ、彼女は眉をひそめる。
「……もう立って動けるのか。というか何故、私の居場所がわかった?」
「ご丁寧にキサマが書き置きを残してくれたおかげで、ここまでこれたわ」
視線の先で、スワロフがつんと顎をそらす。タンスから引っ張り出してきたのか、三笠のブラウスとパンツを着ている。
「そうか……やめとけばよかった」
三笠はがっくりと肩を落とす。
スワロフはサーベルを半身に構えた。
「もうずいぶん具合が良いの。これなら十分にキサマと殺し合えるわ」
「おいよせ、そんな無謀な――ッと!」
「行くわよッ!」
鋭い声と共に、サーベルを半身に構えたスワロフが斬りかかってきた。
三笠は再び背後に下がり、その刃をかわす。
「何をしている! さっさと刀を抜きなさい!」
「断る! いいから大人しくしてろ、傷が開いたら大変なことになるぞ!」
「黙りなさい!」
ゆらりとサーベルが大きく揺れる。斬撃を予測した三笠は再び背後へとさがった。
しかしその瞬間、サーベルが弾かれたように突き出された。
「なっ――くそっ!」
三笠は悪態をつきつつ体を捻った。
脇腹を刃がかすめる。もう一歩遅かったら深々と腹部に突き刺さっていただろう。
スワロフは瞬時に距離をとり、再びサーベルを半身に構えた。
「ワタシはこの六年……キサマを殺すことだけを考えてた」
低い声で言って、彼女は青い瞳を細める。
三笠は鞘に収めたままの刀を構え、スワロフを睨んだ。
「常勝不敗のバルチックが、極東の小国に破れた……。そのことがワタシ達のプライドを砕き、祖国を崩壊へと追いやった。ただ……」
スワロフは自分の胸に手を置き、静かに目を閉じた。
銀の髪が街灯の明かりを受けて輝いている。神々しい姿ではあるが、彼女はその全身に烈しい殺気をみなぎらせていた。
「何年経っても良い……ワタシがキサマを殺すことができれば良いの。キサマを殺せば、その時点でバルチックは勝利したことになる」
「不毛だ……」
「キサマにとってはそうでしょうね」
「実際、不毛だろう。私を殺して何になるんだ? 死んだ皇帝一家も失われた国も戻っては来ない。その行為に何の意味があるんだ」
「……キサマは意味があれば死んでくれるの?」
「えっ――」
その瞬間、スワロフの足が地面を踏み砕いた。
同時にサーベルが一条の閃光と化し、三笠めがけて繰り出される。今度はまやかしもなにもない――いっそ馬鹿正直にさえ思えるほど、まっすぐな軌道。
しかし、反応が遅れた。
「あ……――」
気づけばスワロフの切っ先は、三笠の胸に突き刺さる寸前の所にまで迫っていた。




