九.
敷島が帰って、いくらか時間が過ぎた。
三笠は音もなくふすまを開けると、スワロフの部屋に入った。
布団がこんもりと盛り上がり、ゆっくりと上下していた。どうやら、敷島と話している間にすっかり眠ってしまったらしい。
しばらく様子を見ていたが、スワロフが起きる気配はない。
「よし……」
小さく呟き、三笠は部屋の奥にある古いタンスの前に立った。
引き出しの一つを開け、黒い服を取り出す。
それは【大襲来】まで霊軍で使われていた、旧式の軍服だ。現行のものとの違いは、肩に金モールの装飾が施されていること。細部には赤い差し色が入っている。
派手な見た目は、マキナとして妖魔の注意を引くためのものだ。
「久々、だな」
三笠は複雑な表情で、軍服を見下ろした。
予備役になって以降、この上着には一度も袖を通していなかった。
あまり良い思い出はない。この軍服を着ていたときの記憶は、ほとんどが妖魔の影と同胞の血に占められている。
三笠はやや唇をゆがめ、引き出しに軍服を戻そうとした。
しかし、敷島の言葉を思い出す。
霊軍軍服は非常に頑丈な作りだ。さらに個人の能力や性質に合わせて調整されている。何かと戦うなら、これ以上に適した服はないだろう。
「……仕方がない」
三笠は物憂げに目を伏せると、軍服を腕に抱えて立ち上がった。
もぞり、とかすかな音がした。
三笠は息を呑み、再度スワロフの方を見た。
スワロフはやや掛け布団をはだけた状態で、こちらに顔を向けていた。その両目は閉じられていて、呼吸も深い。
「……まぎらわしい」
三笠は胸をなで下ろすと、足音を潜めてスワロフの方に近づいた。
そして慎重に、布団を直してやる。スワロフはなにやら呟き、寝返りを打った。
三笠はその様子をじっと見つめた。
「……書き置きでも残しておくか」
宿敵とはいえ、さすがに何も言わずに一人で家に残しておくのは良くないだろう。
スワロフを刺激しない文面に悩みつつ、三笠は出口に向かう。
また、背後でスワロフが寝返りを打った気がした。




