八.
「……辛気くせぇ話になっちまったな。悪ぃ」
敷島の言葉に、三笠はハッと顔を上げた。
「い、いや、敷島姉さんは何も悪くない」
「いや、おれが変な話持ち出したからだ」
「敷島姉さん、そんな――」
「――はいっ、この話終わりっ! 辛気くさいのやめっ! 謝り合いもやめだっ!」
敷島はパンッと手を鳴らして、何かをどけるような仕草をした。そして呆気にとられる三笠に対し、彼女はびしっと人差し指を立ててみせる。
「というか重大な話が一つあったんだぜ」
「あ、あぁ。そういえばそんなことを言っていたな。何があった?」
三笠は我に返り、敷島に問いかけた。
すると、敷島は難しい表情で腕を組む。
「朝日がいねぇんだよ。一週間前からずっと」
「……何かおかしいことでも?」
三笠は反射的にそう返した。
朝日――それは敷島型マキナの二番鬼で、次女にあたる存在だった。
その名はいつも、大いなる混乱と共にある。
「あの人が急にいなくなるのはいつものことじゃないか」
「いや、今回はゼッタイになにかおかしい!」
敷島は語気を強めて言い切った。
「なにがどうおかしいんだ?」
「職場になんの連絡もしてない。あいつはめちゃくちゃな奴だがな、仕事はちゃんとしてるんだよ。フラッと出かけるときも、毎回職場に連絡入れてるらしい」
「職場……たしか、朝日姉さんはまだ霊軍の研究所で働いていたな」
「そうだ。あいつは技術力を買われて残されたんだよ」
「ふむ……それで今回は職場に報告せずにいなくなった……と。間違いないのか?」
「あぁ。おれが確認とったが、一週間前から連絡とれてないらしいぜ」
「ふむ……だが、朝日姉さんならなぁ……」
「まぁ、疑うのも無理はねぇ。あいつは人格がだいぶアレだからな」
考え込む三笠をよそに、敷島が渋い顔で頭を掻く。
「けど、今回は絶対になんかおかしい。なにかイヤな予感がするんだよ。……変なことに巻き込まれたんじゃねぇか、って」
「どちらかというと、あの人が変なことをしでかしていそうだが」
「……考えてみればそうだな。あいつって善人と悪人の狭間のギリギリのところにいるし」
敷島が微妙な表情になる。
三笠は首をかしげ、朝日のことを思い返してみた。
あれは去年の夏だったろうか。朝日はこのちゃぶ台に突っ伏していた。
はぁっと深々とため息を吐き、おもむろに三笠の方に顔を向ける。肩まで伸ばした茶髪がさらりと流れ、赤い瞳がけだるげに三笠を見つめた。
薄紅の唇を開き、朝日はまたため息をつく。
『……はぁ、モルモットがほしい』
その視線はしっかりと、三笠のことを捉えていた。
急に背筋に寒気が走って、三笠は肩をさすった。見れば、敷島も同じようにしている。
「……どうする?」
「その、だな……朝日が心配、なんだよ、おれ……」
「私も……朝日姉さんが、なにもやらかしていないか心配だ……」
「あ、朝日を信じようぜ! おれは信じてる! あいつは良い子だ! ちょっと人間的にねじまがってるだけで、根は善良だと思う!」
断定はできないらしい。三笠はぎこちない表情で笑ってからたずねた。
「それで、どうする?」
「今夜、朝日ん家に行ってみようと思ってる。一緒に来てくれねぇか?」
「夜に行くのか? なんなら今からでも――」
「――いや、夜の方が良いんだ」
突然、敷島が笑みを消した。彼女は真剣な表情で、柱時計を確認する。
ちょうど正午だ。同じように時間を確認し、三笠はすっと目を細める。
「……なにかあるのか?」
「ん、あぁ。あいつが夜型ってのもあるんだが……ちょっと、気になることがあってな」
敷島は言葉を濁しつつゆっくりと立ち上がり、柱時計を指さす。
「そうだな……九時くらいに来てくれ。朝日ん家は知ってるだろ?」
「あぁ。あまり顔を出したことはないが」
「そうか、なら念のためラジオベルに地図を送っといてやるよ。――あと」
敷島は人差し指を立てた。
赤い瞳を細め、彼女は低い声でささやいた。
「念のため、武器を持ってこい。あと何があるかわからねぇから、昔の格好で来な」




