六.
「それよりお前、どうして神州にいるんだ? 他のバルチックはどうした?」
三笠の問いに、スワロフはまたぴたりと匙を止めた。
「おおかた予想がついている癖に……あの忌々しいドレッドノートとかいうマキナが作られて以降は、どこも似たようなものでしょう」
「……あぁ、やはり前弩級排除か」
三笠は神妙な顔でうなずいた。
連合王国のマキナ、ドレッドノート。その存在は、ドレッドノート級――つまり弩級かそうでないかという違いを生み出すほど革新的だった。
現在、前弩級マキナは各国で徐々に軍からの排斥が行われている。なんらかの理由で軍に残るケースもあるが、どうやらバルチックは違ったらしい。
スワロフがぎり、と歯を噛みしめた。
「ヤツらは、ワタシ達に剣を置いてバカンスでも楽しめと言ってきたわ……ワタシ達はあれだけ祖国に、皇帝陛下に尽くしてきたというのに……!」
「そうか……それは、その……」
三笠は慰めようとしたが、どう言葉をかけたものか悩む。
スワロフがうつむいた。
「憎い、なにもかもが……私達を前時代の遺物に追いやったドレッドノートも、祖国をのみこんだあの連邦も、誇りを失った仲間達も、皇帝陛下を殺したヤツらも……!」
「スワロフ……」
「だが――なによりもキサマが一番憎い!」
かちゃん、と匙が小さな音を立てるのと同時に、三笠の視界がひっくり返った。
やや呆気にとられて、三笠は自分を押し倒すスワロフを見上げた。
「……痛くないのか、お前」
「気が狂いそうなほど痛むわ。けれども一番痛むのは魂よ」
三笠の首に手をかけ、スワロフが冷ややかに笑う。
「あの日……あの崑崙の地で、我がバルチックは大敗を期した。国民の不満はひどいものだったわ。『我らのパンになるはずだった金で無駄な戦いをしたのか』ってね」
「それは……」
「その後はもうめちゃくちゃよ。キサマさえいなければ……キサマさえいなければッ!」
「か、ぁ――!」
万力のような力で気道を締め上げられた。
スワロフはギリギリと三笠の首を絞めつつ、ゆっくりと首をかしげた。銀髪がさらりと肩を流れ落ち、涙でにじんだ視界に煌めいた。
「……どうして、抵抗しないの?」
「く、か……!」
「キサマ、この程度ではなかったでしょう。こんなあっさりと隙を突かれるほど、そしてそのまま良いようにされるほどの軟弱な女ではなかったわ」
「スワロ……ッ……くぁ……!」
三笠がスワロフの手を掴む。しかし、その力はは弱々しいものだった。
スワロフの眉間にしわが寄る。
「違うわ、ワタシの知る三笠はそんなものではない……ワタシの知る三笠はもっと冷徹な――!」
ジリリリリン! 家中にベルの音が響いた。
スワロフはハッと顔を上げると、三笠の首から手を離した。
「かはっ――ごほっ、げほっ!」
三笠は体を折り曲げ、咳き込んだ。その間に再びやかましいベルの音が鳴り響く。
「……来客のようよ。出たら?」
「はぁ、は……お、お前、容赦がないな……はぁ……」
かすかに笑うと、スワロフはよそを向いた。そしてどこか苦々しい表情でまた匙を取り、もくもくと玉子雑炊を口に運び出す。
一体、どうしたというのだろう。疑問を抱きつつも三笠は涙を拭い、立ち上がった。




