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天気晴朗ナレドモ水ノ月  作者: 伏見 七尾
五.振りさけみれば
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三十七.

「そんなものだ」

 三笠は言って、ゆっくりと体を起こした。まだ手足の感覚は曖昧で、時折視界も霞む。だが、先ほどよりも具合は良い。

 じっと見つめてくるスワロフに対し、三笠は肩をすくめてみせる。

「望まずとも人は変わるものだ。だが本質までは、そう簡単に変わらないだろう」

「……ワタシの本質って、なんなのかしらね」

「お前がさっき言ったことじゃないか」

「ワタシが?」

 スワロフがやや目を見開く。

 目にかかった髪をざっと掻き上げつつ、三笠はうなずいた。

「あぁ……人は曖昧なものを探して生きていく。夢、希望、生きる意味――自分という存在も、存外捉えづらいものだ」

「……曖昧な物は嫌いだわ」

「そうだろうな」

 ポケットから予備の髪紐を取り出しつつ、三笠は苦笑する。

 そして空に輝く月へと視線を移した。もう雲はなく、大気は澄み切っている。

「どれだけ辺りが晴れていても、捉えづらい。時には形を変え、私達を惑わせる――さながら水面に映る月のように」

 濁った水面に月は映らない。

 かつて、自分を教え導いた松島はそういった。彼の言う『月』がなんだったのかは、まだわからない。そして、それが三笠の求めている物と果たして同じかどうかも。

 三笠は目を閉じ、軽く手ぐしで髪を整えた。

「……私はきっと、生涯その水面の月に手を伸ばし続けるのだろうな」

「凍らせてしまえばいいのよ、そんなもの」

 スワロフの言葉に、三笠は目を開く。

 青い瞳を三笠に向けて、彼女は当然のような顔で肩をすくめて見せた。

「そうすれば、水面の月ははっきり見える。触れることだって出来るじゃない」

「……ふふっ、そうか」

「何がおかしい」

「いや……同じだなと思っただけだ」

「何がよ。はっきりしないわね。キサマのそういう曖昧な所が大嫌いよ」

「別に大した話ではないよ」

 三笠は肩をすくめ、髪を結った。

 今は松島の言葉よりもスワロフの存在の方が、三笠を強く導いているような気がした。

 ――キサマはワタシの標だったのよ。

 三笠自身も、スワロフの存在を指針としていたところがあったのかもしれない。いつの間にか、かつて彼女と戦った時には考えも付かなかった関係になっていた。

 きつく目を吊り上げるスワロフに三笠は微笑みかける。

「ただ、私にはお前が必要なんだろうな……と思っただけだ」

「――なっ」

「これからも側にいてくれ。少しなら酒にも付き合ってやるから」

「――ッ! こ、この!」

 スワロフの白い頬が真っ赤に染まるのを見て、三笠はまた小さく笑った。


【完】

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