三十五.
「なんて力――これが――!」
スワロフの言葉も、荒れ狂う風の音にかき消された。
いったん、三笠は刀を納めた。たてがみのような黒髪が暴風を孕んでざわめき、表情は高密度の黒い霊気に隠されて見えない。
だがその赤い瞳は、荒天の向こうの霊獣をまっすぐに睨んでいた。
「『鍵』を探さねば……この霊気を余さず巻き込む、鍵となる霊気の流れを」
三笠は呟き、輝く目を細めた。
全身にのし掛かるアマツキツネの霊気に意識を集中し、『鍵』となる流れを掴む。
それはさながら、激流の中で一筋の糸を探るような――。
「三笠……!」
切羽詰まったスワロフの囁き。
その言葉が鼓膜を通り抜けて脳にまで染み込んだ瞬間、三笠は目を見開いた。
「悪く思うなよっ――!」
低い声で唸り、三笠は刀を鞘から抜き放つ。その瞬間、刀の柄から切っ先までが黒い風の渦に包み込まれた。
「黒風真式――【神風】!」
篠突く雨と猛る大風の中、その一閃は流星の如く鋭く煌めいた。
直後、風の渦が解放された。いくつものどす黒い竜巻が三笠の刀から生み出され、怒り狂う竜の如く天へと駆け上がった。
その軌跡は、三笠が探り当てた『鍵』となる霊気の流れをたどる。
頭上から降り注ぐアマツキツネの霊気を呑み込み、竜巻は爆発的に膨れあがった。
そして雲を超え、霊獣の巨体にぶち当たる。
甲高い悲鳴が聞こえた。
竜巻は霊獣の巨体を押し上げ、どんどん上昇させていく。長く尾を引く悲鳴はやがて遠のき、かすかな残響のみを残して消えた。
黒い竜巻もこよりのように細くなり、徐々に晴れていく空に溶けていった。
「……冗談じゃないわ」
スワロフがどこか呆然とした様子で呟いた。
雨は止み、雲も引いていく。
アマツキツネの姿はもはや空になく、後には素知らぬ顔の月だけが残っていた。




