三十四.
「――ッ、この馬鹿!」
突然の罵倒に三笠の思考は一気に現実へと戻ってきた。
すぐ足下で、怒りに燃える青い瞳が自分を見上げていた。)
「ッ! スワロフ!」
慌てて手をさしのべ、スワロフの体を引きあげる。コンクリートの地面へと這い上がったスワロフは大きく肩を上下させつつ、三笠を睨んだ。
「キサマは本当に独りよがりだわ……! なにか策があるなら言いなさい! こっちがどう動けば良いのかわからなくなる!」
「だが」
「なにもかも一人で出来るなんて思わないで」
ふっと息を吐いたスワロフはゆっくりと立ち上がり、三笠に鋭い一瞥を投げかけた。
その青い瞳には、もう怒りも殺意もない。
「なにもかも一人でやるなんて傲慢よ。ワタシにもやらせなさい」
「――ふ」
三笠は思わず口元を押さえた。
肩を細かく震わせて笑う三笠に、スワロフのまなじりが吊り上がる。
「キ、キサマ! なにがおかしい!」
「あぁ、いや……なんでもない。私は本当に恵まれている、と思ってな」
三笠は微笑んだまま、緩く首を振った。
「ありがとう、スワロフ。――だが、これは私がやるよ」
「……ワタシはどうすればいい?」
「下がっていてくれ」
じっと見つめてくるスワロフから視線をそらし、三笠は左足を引いた。
刀を腰だめに構え、低い声で呟く。
「すぐに終わらせる。お前の手を煩わせるまでもない」
スワロフは一瞬口を開きかけたが閉じ、黙って三笠の背後へと下がった。背中にスワロフの気配を感じつつ、三笠はふっと短く息を吐く。
獣の声が響いた。狼の遠吠えにも似たそれが、びりびりと大気を震わせる。
ずんっと肩に掛かる重みが増し、三笠は顔をしかめた。
「――あれか」
雲の狭間に、アマツキツネの巨体が一瞬見えた。白く輝く体表に、無数の目玉に似た異形の模様が煌めいている。おおよそキツネには見えない姿だ。
クジラのそれに似た巨大なヒレが激しくばたついている。
宇宙をさまよう哀れな霊獣は、迫り来る地上から逃れようと必死で抗っていた。
「かわいそうに」
三笠は目を伏せると刀を抜き、地面と水平に構えた。
【皇國興廃在此一戦】の銘に掌を滑らせ、風の音に消えそうな声で囁く。
「完全解放――魄炉、臨界」
瞬間、三笠の体を漆黒の霊気が覆った。赤く輝く八重桜の鬼印が左肩から一気に全身へと広がり、ぼうっと鬼火のような輝きを漏らす。
雲の流れが急激に乱れた。影と化した三笠から巻き上がる黒い風が曇天をかき乱し、鉄塔を薙ぎ倒そうとばかりに吹き荒れる。
風は嵐を呼び、青い稲妻が走る黒雲から堰を切ったように雨が降り出した。




