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天気晴朗ナレドモ水ノ月  作者: 伏見 七尾
五.振りさけみれば
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三十二.

 大理石の床を鮮血が濡らしていく。

 三笠の足下には、倒れ伏した河内の体があった。ほぼ両断されたその首筋から、だくだくと血が零れている。

 三笠は小さく吐息して、刀から血をふるい落とす。

「――キサマも大概甘ったれだわ」

 背後から聞こえたため息に、三笠はちらりと背後を一瞥する。

 腕組みをしたスワロフが顎をそらした。

「何故、殺さない? 魄炉を壊せば良いものを」

 その言葉に、三笠は再び視線を足下に戻す

 文字通り首の皮一枚で繋がっている状態の河内。しかし魄炉が埋め込まれているその左胸には、三笠は一切触れていない。

 魄炉を壊さない限りマキナは死なない――いずれ河内も意識を取り戻すだろう。

「私の一存でそこまで決めるわけにはいかない。……彼女の処遇は霊軍に委ねる」

「フン、人を殺すのが怖いだけのくせに」

「ああ、そうさ」

「……キサマ」

 スワロフは針のように目を細くした。

 三笠は重々しい所作で、刀を鞘へと収める。【皇國興廃在此一閃】――漆黒の鞘へと呑み込まれていくその銘を見つめ、深いため息を吐いた。

「私は元来、臆病なたちだ。切った張ったなんて好きじゃない。――なのに何故、今も昔もこんな風に血まみれになって戦っているのだろう」

 刀を腰につるし、三笠は天を仰いだ。

 まぶたを閉じれば、様々な情景がその裏を通り過ぎていく。スワロフと殺し合った崑崙戦争、巡り会った様々なマキナの顔、自分の手を濡らす松島の血――。

「やっと戦いから遠ざかったと思ったらこのざまだ。望まずとも乱に呑まれていく。私はまだ、生きる意味さえ見いだせていないのに」

「フン、くだらないわね……そんなモノが簡単に見つかるんだったら苦労はないわ」

 小さなため息に、三笠は振り返った。

 眉間にぐっと皺を寄せたスワロフが、きつく自分の肘を握りしめていた。

「腹立たしいことだけれどね、きっと人は曖昧なものをずっと探して生きていくのよ。夢だとか希望だとか、そんなものを」

「お前も、そうか?」

「どうなのかしらね。ワタシは、ずっとキサマを殺すことを目的にしていたから」

「今は違うのか?」

 三笠がたずねると、スワロフはきつく唇を噛んだ。

 そして、どこか悔しげな様子で三笠を睨み付けてくる。三笠はその視線をまっすぐに受け、じっと彼女の回答を待った。

 やがて観念したように、スワロフは目を伏せた。

「……ワタシは」

 苦々しげにスワロフは言葉を発する。しかし、それが最後まで紡がれることはなかった。

 突如、凄まじい重圧が二人を襲った。

「うぅ……!」

「ぐっッ!?」

 その場の重力が一気に数倍になったような感覚に、三笠は地面に膝をつく。

 さらに、激しい耳鳴りが脳を貫いた。

「なに、この巨大な霊気は……!」

 同じように地面に座り込んだスワロフが頭を抱える。

 三笠はこめかみを強く押さえつつ、涙のにじんだ目で頭上を見上げた。

「空が……!」

 青いオーロラは曇天全体に広がっていた。同時に禍々しい雲の渦から、青い電光のようなモノが絶えず迸っている。それはまるで、空のひび割れのように見えた。

 その時、三笠のポケットから小さなベルの音が響く。

 三笠は重圧に喘ぎつつもなんとかポケットに手を差し込み、床にラジオベルを落とした。

 その画面には、朝日からのメッセージが表示されている。

『何ヲ為テイル 【星】が墜チテクルゾ』

「星……アマツキツネか!」

「バカな! 万魔の剣は破壊したはずでしょう!」

 スワロフが叫び、地面に落ちたままの万魔の剣を顎でしゃくる。その刀身は確かに、真っ二つに折れていた。

 三笠は奥歯を噛みしめ、なんとか空からの霊気に逆らって立ち上がる。

「恐らく、破壊が少し遅かったんだ……そのせいでアマツキツネが重力圏に入った」


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