三十.
「な、え――」
轟音。直後、鉄塔全体がぐらりと揺れる。
辺りに重い衝撃波が走り、河内は身をかがめて防御する。もうもうと土煙が立ちこめ、展望台の様子がほとんど見えなくなる。
その煙の向こうに、一つの影が立ち上がった。
「……お前は、私の特攻鬼装は『高密度の霊気をぶつけるモノ』といったな」
「あ、あぁ……!」
煙が急速に消えていく。
河内は目を見開き、辺りを見回した。それまで展望台全面を覆っていたはずのガラス壁。それが全て粉みじんに吹き飛んでいた。
「その解釈は厳密には正しくない。私の特攻鬼装の真髄は『返し技』だ」
河内の前で、三笠は刀を軽く払った。先ほどまで体を覆っていた影はなく、空に揺らめく青い光にその美貌が照らされていた。
「反撃の特攻鬼装……?」
「そう。相手の攻撃や周囲の霊気を呑み込み、それを数倍にして返す」
ただ、と言いながら三笠は刀を鞘に納める。
「普段はこの力は使わない。魄炉を解放するときも、完全に解放しないようにしている。段階ごとに解放しているんだ」
「なにそれ……ずっと、手を抜いて戦ってるって事?」
ぎり、と河内が歯を噛む。
三笠は刀を腰のベルトに固定しつつ、小さくため息を吐いた。
「体にかなり負荷がかかるんだ。――完全に解放したのは、スワロフとの戦いの時くらいだ」
河内は顔面蒼白で、関節が白くなるまでに鉤を握りしめていた。右手に負った傷の痛みは意識にすら入っていないようだ。
その様子を確認してから、三笠は地面に視線を落とす。
「しかし、例えあの時のように魄炉を臨界状態にしたとしても……さすがに、弩級であるお前の絹玉までは返せないだろう」
河内は何も言わない。
三笠は顔を上げ、訴えるように河内を見つめる。
「最後の頼みだ。――もうやめてくれないか、河内。今ならまだ戻れる」
「ふっ、ふふっ……戻れるって? さっきからさ、そんなに優しくして何様のつもりさ? 本当に傲慢だよね! あんたは傲慢だよ、三笠! あっはははは!」
けたたましい笑い声が響いた。
血の雫が飛び散った。傷だらけの指先で鉤を回し、紫の瞳を霊気に輝かせて河内は叫ぶ。
「――戻るかよぉおおおおおおおおッッッ!」
その叫びに呼応するように、五色に輝く光球が無数に浮かび上がる。河内の絶叫に押され、それはちかちかと激しく明滅しながら飛び散った。
三笠は物憂げに、ため息を吐く。
「……やれ、スワロフ」
「――仕方が無いわね」
冷ややかな返答。同時に、三笠の眼前にまで迫っていた光球が凍り付く。
鈍い音を立て、氷結した傷嘆絹玉が大理石の床に落ちた。ごろりと転がったそれらからは徐々に光が失せ、色あせたガラス玉のような形になる。
河内の目が、極限まで見開かれた。
「な、何を……?」
「フン、三笠の言うとおり、ただの甘ったれた餓鬼のようね――っと」
スワロフはエレベーターの昇降路から跳び上がるようにして現れる。昇降路の壁に突き立てていたサーベルを引き抜き、彼女は立ち上がった。
背中には翼を思わせる氷の結晶、肩と腕とを覆う冷たい装甲。
河内はぎり、と歯を噛む。
「特攻鬼装……!」
「【凍てつく星辰】(パリアールナヤ・ズヴィズタ)」
青い瞳を冷たく輝かせ、スワロフは顎をそらす。
三笠はほうと白い息を吐き、刀の柄に手をかけた。かつてバルチック最強を誇った特攻鬼装の顕現により、展望台の気温は急激に低下しつつあった。
「私の腕に食い込んだ霊糸を無力化できた事から、【傷嘆絹玉】には【凍てつく星辰】が有効だと考えた。――だが、二人同時に発動したら流石のお前も警戒するだろうからな」
「だからワタシは一時昇降路に身を隠し、三笠は囮となった」
白い冷気を纏って、スワロフが近づいてきた。彼女が歩くたび、ピシピシと音を立ててその足下の床が凍り付いていった。
「キサマの三笠に対する執念を逆手に取らせてもらったけれど――流石に油断が過ぎるのではないかしら、弩級?」
「あんた――ッ!」
河内が顔を歪め、鉤を操ろうとする。




