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天気晴朗ナレドモ水ノ月  作者: 伏見 七尾
五.振りさけみれば
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二十九.

「ッ……なるほど、さすがは弩級。魄炉の性能と身体能力は上だな」

「当然だよ! 私はあんたみたいな骨董品と違う! あんたに負けるわけないじゃん!」

 刀にいっそう大きな力がかかり、三笠はまた数歩後退する。

 河内は相変わらず右手に鉤を握りしめ、左手の剣で三笠の相手をしている。片手だけでこれほどの膂力。三笠は純粋に感嘆し、小さく頷いた。

「そうか。――だが私も、駄々っ子に負けるつもりはない」

「なに――!」

 瞬間、三笠は刀を引いた

 流れるような足取りで側面に回り、バランスを崩した河内の後頭部に柄頭を叩き込む。

「がぁ……ッ!」

「構えがなっていない」

「くそ!」

 河内はすぐに体勢を立て直し、三笠めがけて万魔の剣を払う。三笠はそれを最小限の動きで避けつつ、鋭い目で河内の様子を探る。

 それは技巧も何もない。子供が苛立ちに任せ、棒きれを振り回しているに等しい乱撃。

 だから河内が剣を振り上げた瞬間、三笠はするりと歩みを進めた。

「打ち込みが雑。子供の駄々か」

「なっ……!」

「はぁ――ッ!」

 裂帛の気合いとともに電光の如く駆け上がった一閃。

 きぃんと甲高い音が響いた。

「え、なっ……」

 河内が左腕を押さえ、よろよろと下がる。その手から万魔の剣が零れ落ちた。唐草状の模様の入った刀身は、その半ばほどから折れている。

 三笠は流れるような所作で、刀を正眼に構えた。

「どうした、来い」

「うっ……ひ……」

 ぴたりと向けられた切っ先に、河内の顔から血の気が引いた。

「その剣はもはや役に立たないだろう。これでお前は両手が使えるようになった――どうした、使えば良いじゃないか。お前の鬼装を」

「う、うるさい……!」

「使えないなら――口ほどにもないな。弩級とやらは、この程度でしかないのか」

「ふざけるな! 私の方があんたより上なんだよ!」

「魄炉の性能だけならばな。だが、お前は魄炉の使い方を知らない。その力の使い方も、マキナとしての戦い方も、お前は不十分だ。」

「ッ! ……そんな事が――黙れッ! 黙れよッ!」

「一対一で、本気で殺し合った事などお前はないんだ。お前は経験と技術が欠けている」

「前弩級の時代は終わったんだ! 私の方が上……! 私は……!」

 淡々とした三笠の言葉に河内は首を激しく振り、髪を掻き毟る。

 三笠は構わず、静かに言った。

「お前は私に勝てないよ、河内」

「私を……踏み潰すなぁああああああああッッッ!」

 轟音。それは河内の咆哮であり、幾千幾万もの糸が唸りを上げる音でもあった。

 相変わらず霊気の動きは感じない。しかし。

「――魄炉第二解放」

 低い声で呟いた瞬間、三笠の手に黒い風が纏わり付いた。

 直後、彼女を中心に展望室に暴風の渦が生み出される。高密度の霊気を孕んだ黒い風が吹き荒れ、見えない霊糸をかき消していく。

「なんだこれッ……!」

 とっさに無明羂索を周囲に張り巡らせて身を守ったものの、河内の顔が歪んだ。

 その右手の肌がぶつぶつと裂け、血が噴き出す。

「霊糸が巻き取られてる!? どういうことッ、なにこれッ――くそ!」

 河内は歯ぎしりをしながら、血まみれの手で鉤を握り直す。しかし、再び光球を生み出そうとした河内の前に一つの影が躍り出た。

 たてがみのような髪、鋭角的な装甲に覆われた腕、影のようにどす黒く染まった姿。

 赤い光の尾を引く目が、まっすぐに河内を捉える。

「ッ……!」

 血の気の引いた顔で河内が右手を鋭く払った。青白く光る霊糸がすうっと紡ぎ出され、複雑に絡み合いながら三笠めがけて伸びる。

 三笠は無言で抜刀、迫り来る霊糸めがけて一閃を叩き込んだ。

 その刃の軌跡に、まるで墨を引いたかのように影が浮かび上がった。それは瞬く間にさぁっと広がり、打ち寄せる波のように霊糸を呑み込む。


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