二十八.
「どうする? キサマもワタシも手負い。この状況をどう打開するの?」
「今……考えている」
「期待できないわね。――無明羂索は不可視の上に攻防一体型の全方位兵装。そして傷嘆絹玉は高破壊力の上に猛毒……同時に使われたらきついわ」
スワロフは眉間にきつく皺を刻み込み、煙幕の向こうを睨んだ。
そこでふと、三笠は引っかかりを覚えた。
「……何故、同時に使ってこないんだ」
「え?」
「さっきも、私が煙幕を張る前に無明羂索で拘束すれば良かったはず。だが奴は無明羂索を使わなかった……何故だ?」
「……たしかに、気になるわね」
三笠は目を閉じ、額に手を当てた。不可視の無明羂索――猛毒の傷嘆絹玉――鉤と剣――消えた糸の感触――まぶたの裏に河内の動きが蘇る。
原宿で襲われた時の記憶も呼び起こし、三笠は打開策を探った。
「何か理由があって使わないのか……あるいは使えないのかしら。でも何故――?」
「……ッ!」
スワロフの言葉を聞いた瞬間、脳内で電光が弾けた。
「……案外、単純なことかもしれない」
「何……?」
「もしかすると河内は我々が思っているよりも――簡単に潰せるかもしれない」
原宿での河内の様子が目の前に鮮やかに浮かび上がる。思えばあの時も彼女は――。
三笠は目を開くと、スワロフを見た。
「今だけで良い……私の言うとおりにしてくれないか?」
スワロフは青い瞳を細め、どこか探るようなまなざしを三笠に向けた。
「……何をすれば良いの?」
煙はもう、ほとんど消えている。
三笠はその機をうかがって地を蹴り、瓦礫の影から躍り出た。
「――ハァイ、三笠。お友達の姿が見えないけど、どうしたの?」
「……さて、どうなったのかな」
「ふふっ、そう――まぁいいよ。後で見つけて殺すから」
直後巨大な光玉が放たれるのを見て、三笠は大きく脇に飛んだ。轟音と共にガラス壁の一部が吹き飛び、きらきらとした破片が当たりに飛び散った。
ガラス片で頬を浅く切りつつ、三笠は河内に接近しようと地を蹴る。
「無駄だよッ!」
鉤を握りしめたまま河内が右手の指を小さく振った。
霊気の動きは感じない。しかし三笠はほとんどカンで大きく体を沈めた。刹那、その背中を掠めて、見えない無明羂索が鋭く宙を切り裂いた感触があった。
「はぁッ!」
低い姿勢のまま、三笠は河内めがけて掌を突き出した。
圧縮された空気の弾丸が撃ち出される。
「うっ……無駄だよ!」
河内は右手の鉤をくるりと回した。途端小さな光球が放たれ、空気弾を打ち消す。
さらに河内は三笠を狙って連続で光球を撃ち出した。
「……やはり」
小さく呟き、三笠は駆けだした。
立て続けに飛来する光球の軌道を全て見切り、大展望台を大きく移動する。その間、三笠の肌に触れるものは何もなかった。
「くっそ――!」
焦燥に駆られた河内の言葉が聞こえたその瞬間、三笠は足にいっそう力を込めた。
踵の下で空気を炸裂させ、一瞬で河内の元に跳躍する。
「なっ――!」
「思った通りだ」
呆気にとられる河内の首めがけ、三笠は刀を抜き打った。
しかし、斬られる寸前で我に返った河内は万魔の剣でその一撃を受け止める。重い金属音が響き、河内の表情が苦悶に歪んだ。
「くぅ……!」
「無明羂索と傷嘆絹玉、同時に使うことができないんだろう?」
「なッ、なにいってる!」
三笠の言葉に、河内は明らかにうろたえた。
ぎりぎりと刃が噛み合う音を聞きつつ、三笠は目を細めた。
「あぁ、言葉を誤ったな。――少なくとも、お前は左手のみで鬼装を扱う事はできない」
「――っ」
「思えば原宿の時からそうだった。霊糸を使う時はいつも右。左手を使うのは両手で無差別な攻撃を放つ時だけ……利き手の問題か?」
「黙れ!」
一気に押され、三笠は大きく後退した。
三笠は眉をしかめつつもぐっと足腰に力を込め、なんとか踏みとどまる。




