二十七.
「バカな……!」
「ッ――! 避けろ!」
三笠が怒鳴り、呆然とするスワロフを突き飛ばした。
その右腕を光球が掠めた。直後まるでザクロが弾けたように血飛沫が飛ぶ。
「ぐうッ!」
「三笠!」
スワロフの悲鳴のような声を聞きつつも、三笠はエレベーターの影へと彼女を押し込んだ。
激痛に顔を歪めつつ、右腕を顔の前に持ち上げる。
腕の肉が一部抉り取られ、白骨がうっすらと見えていた。だくだくと血が零れる中に、きらきらとした細かい何かが無数に見える。
「これは……」
「……この傷嘆絹玉は圧縮した霊糸の塊」
河内の声がエレベーターの向こうから響いた。
「触れれば弾け、極細の霊糸が細胞深くまで食い込み、傷の再生を阻害する」
「まるで猛毒だわ……」
スワロフが吐き捨てるように言った。
三笠はこめかみににじむ汗を拭い、右手の傷を睨む。
「それだけじゃないよ。傷嘆絹玉の本当の恐ろしさ――そろそろわかるんじゃない?」
「ぐ、っく……!」
激痛がいっそう高まり、三笠は呻いた。
目を見開いたスワロフが近づき、三笠の右手を引き寄せた。彼女の目の前で、傷口の周辺の肉が少しずつ裂けていく。赤いひび割れが走っているようだ。
「……食い込んだ糸がどんどん周囲の組織を侵蝕していってる。このままじゃ――!」
「くっ……は……」
スワロフの悲痛な声を聞きつつ、三笠は荒い呼吸を繰り返す。
何か、手は。
「――かくれんぼ、飽きた」
河内の声。同時に再び霊気の動きを感じ、三笠はスワロフを引き寄せた。
轟音とともに、巨大な光玉がエレベーターを吹き飛ばす。
三笠はスワロフと共に脇に転がり、なんとか攻撃を避けた。五色の輝きが視界を焼く中、激痛をこらえて三笠は駆ける。
一瞬振り返ると、河内がくるくると鉤を回しているのが見えた。
その尖端に輝く糸が徐々に絡みつき、形成されていた光玉が大きく膨れあがっていく。
「……【煙羅】」
走りながら三笠は低い声で呟いた。
するとその足跡に点々と白い紋様が浮かび上がり、そこから煙が吹き出してくる。
けたたましい河内の笑い声が響いた。
「はははははッ! また隠れるつもり? でも無駄だよ――この階ごと吹き飛ばせば良いから」
「ッ! 三笠!」
「ただの脅しだ。そんなことをすれば奴自身も危ういだろう」
一瞬おののいたスワロフをなだめつつ、三笠はぽっかりと開いた昇降路の大穴を避け、エレベーターの瓦礫の陰に身を隠した。
煙幕はおよそ一、二分で薄くなる。それまでに状況を打開しなければならない。
「スワロフ、傷を凍らせてくれ」
「……いいの?」
「構わない。このままだと傷がより広がる。やってくれ」
傷ついた右手を突き出すと、スワロフはやや渋い表情でそこに手をかざした。直後、傷を焼かれるような痛みが腕から脳へと駆け上がった。
「ぎっ……く……ッ! あ……ありがとう」
なんとか悲鳴を噛み殺し、三笠は右腕を確認する。
少なくとも出血は止まった。肉のひび割れが広がる気配がないところを見ると、食い込んだ霊糸の働きも封じられたようだ。




