二十六.
そしてわずかに首をかしげ、三笠の頬に指を這わせた。
「だけどね、知ってる? ――ドレッドノートの名の意味を」
その瞬間、三笠の肌がぞわりと粟立つ。見えずとも――霊気を感じる事ができずとも、全身に無明羂索が張り巡らされた事がわかった。
河内は三笠に顔を近づけると、猫なで声で囁いた。
「敗北を認めてよ、三笠。そして黙ってみてて――あたしが星を墜とすところを」
「……こと、わる」
赤い瞳を鬼火のように輝かせ、三笠は低い声で答えた。
その瞬間――河内は全ての表情を消えた。
「あっそ……だったら死んじゃえ、骨董マキナ」
河内の爪が三笠の肌に食い込んだ。
幾百幾千もの糸の蠢きに空気が騒ぎ――肉の裂ける嫌な音がした。
「アァアアアアアアア――!」
「なっ――!」
後方から響き渡った絶叫に河内が目を見開く。
なんとか後ろの様子をうかがおうとする三笠の耳に、スワロフの咆哮が届いた。
「死ぬのはキサマだッ、欠陥マキナァアアアッ!」
「スワロフ……?」
血飛沫を撒き散らし、スワロフが駆けていた。
霊糸によってその肌はずたずたに切り裂かれ、切り落とされた左手と右足は血液を凍らせることでぎりぎり繋いでいるような状態だった。
しかし右手にサーベルを構え、冷たい風ともにスワロフは進撃する。
「うっ……こっちに来るな――!」
河内の注意がスワロフに向いた。
途端、体にまとわりついていたぞわぞわとした感触が消失する。それを感じ取った瞬間、三笠は地面に掌を叩きつけていた。
「おぉッ!」
途端、爆発的な突風が三笠の掌から発せられた。
風は一気に広がり、完全に三笠を視野の外に追いやっていた河内の体を吹き飛ばす。
ガラス壁に全身を強打し、河内が悲鳴を上げた。
「あぁああッ! くうぅ――!」
「まだまだァ!」
スワロフが吼え、サーベルを薙ぎ払った。
空気中の水分が一気に氷結し、生み出された無数の氷の礫が河内めがけて飛ぶ。
その時、三笠は嫌な風の動きを感じた。
「ッ――! スワロフ、下がれ!」
「このッ……魄炉解放ぉおおお!」
河内の絶叫と共に紫の閃光が炸裂する。閃光に触れた瞬間、爆ぜたような音を立てて氷の礫が全て砕け散った。
スワロフは瞬時に後方に飛び、三笠の側に逃れた。
「三笠、これは……」
「……あぁ」
こめかみに滴る血を強引に拭い、三笠は河内のいる方向を睨む。
霊気の制御機能が増強された弩級マキナは前弩級と違い、魄炉を解放せずともある程度特攻鬼装を顕現させる事が出来る。
そして、弩級と前弩級を隔てる最大の壁が――。
「――第二特攻鬼装」
河内の声が冷徹に響いた瞬間、閃光が消えた。
三笠達の前には、瞳を爛々と輝かせた河内の姿があった。左手には万魔の剣、そして右手にはぎらぎらと輝く鉤を装備していた。
その周囲には、五色の手鞠にも似た無数の光球が浮いている。
「【傷嘆絹玉】(しょうたんけんぎょく)――行け!」
鋭い声と共に河内が鉤を振るった。
途端静止していた光球が弾かれたように動き出し、三笠達めがけて飛ぶ。
「なに、この光の玉は――このッ!」
スワロフが掌を振り下ろした。すると瞬時に六花型の氷の盾が形成され、飛来した五色の光球を受け止める。
そして――粉々に砕け散った。




