二十五.
「ちっ――」
三笠は眉をしかめ、刀にいっそう力を込めた。
よくよく目をこらすと、河内の周囲には無数の糸が蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。それらによって、三笠の刃は完全に止められていた。
「特攻機装を使いなよ、先輩」
河内が薄く笑う。
三笠は刀を手に後退し、鋭いまなざしで河内を睨んだ。
「【黒風】――超高密度の霊気を載せた黒い風を操る特攻鬼装だよね。高威力で、広範囲にまで影響を及ぼす大技。――まぁ、でも」
河内は笑いながら、ゆっくりと両手を広げた。
キリキリキリ――辺りで微かに響きだした異音に、スワロフが目を見開いた。
「何の音?」
先ほどの攻撃と違って、霊気の流れは感じない。三笠は警戒を強め、刀を構える。
その目に一瞬、ふわりと揺れる糸が見えた。
「え――?」
「私の【無明羂索】は、断ち切れない」
河内の言葉が冷ややかに響いた。直後――視界が真紅に染まった。
「ぐ、あ、あぁ――!」
幾百、幾千もの不可視の刃が三笠の体を切り刻む。その全身からまるで爆ぜたように血が噴き出し、床を赤く濡らしていった。
「三笠ッ!」
スワロフの叫びが空気を震わせた。
三笠は崩れ落ちた。ほどけた黒髪が血の池に広がり、露わになった肩を隠した。
「わからなかったでしょ?」
河内はぴちゃぴちゃと濡れた床を踏んで歩き、三笠に近づいた。
三笠は首を僅かに動かし、河内を睨みあげた。
「……なにをした」
「私の特攻鬼装――【無明羂索】だよ。正体は、超々極細の霊糸。あんまり細いから、先輩みたいに霊気に敏感な人でも感知できない」
倒れ伏した三笠の側にしゃがみ込み、河内は小さく笑う。
スワロフはさっと顔を紅潮させると、サーベルを手に襲いかかろうとした。
しかし、その体はぴくりとも動かない。
「これは……くっ、霊糸ね! いつの間にッ……!」
「最初からだよ。全ての霊糸は私の指先によって操作される。……つまり、先輩達はこの階に入ってきた時点で私の手の中にいたってわけ」
「キサマッ……く、このッ!」
「下手に動くと手足がばらばらになっちゃうよ?」
河内は冷ややかに笑うと手を伸ばし、床に広がる三笠の髪を掴んだ。
そのまま頭を引きあげられ、三笠は呻いた。
「ぐっ……」
「降伏しなよ、先輩。――いや、三笠。そうしたら命だけは助けてあげるよ」
紫の瞳を細め、河内は冷徹に言い放った。
三笠はきつく眉を寄せる。
「……一つ聞きたいが、お前は本当にアマツキツネと戦えると思っているのか」
「戦えるよ」
三笠の問いかけに河内は即答した。
スワロフの舌打ちを背後に聞きつつ、三笠は緩く首を振る。
「無謀にもほどがある。あれほど巨大な霊獣を打ち倒せると本気で思っているのか? ――こんな事はもうやめるんだ」
「やだね。こうでもしないと、私はあんたに勝てないじゃん」
「そんなはずはない。魄炉の性能はお前の方が上だ。こんな無謀な真似をせずとも、お前が活躍できる場はいくらでもある。皇国臣民や自分の身を危険にさらす必要は――」
「……甘いね、三笠。こんな状況でも私の心配をするんだ」
くつくつと河内は笑った。




