表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天気晴朗ナレドモ水ノ月  作者: 伏見 七尾
五.振りさけみれば
100/114

二十三.

 電波塔の一階ホールは、不気味なほど静まりかえっていた。普段は煌々と灯っているはずの灯は消え、売店などにも人影はない。

 スワロフは辺りを見回し、眉間にしわを寄せた。

「……誰もいない。アイツ、どうやってか人払いをかけたようね」

「恐らく霊軍少佐としての力を使ったんだろうな」

 三笠は言いながら、中央にあるエレベーターに向かう。絡まり合う蔦を模した格子が特徴のそれは、最上階まで直通のモノだった。

 格子越しに下を見下ろし、三笠は眉をひそめた。下方に、潰れた籠が落ちているのが見える。

「まずいな、エレベーターが落とされている」

「階段を上る時間はあるの?」

 スワロフが、エレベーターの奥にある薄暗い階段を指さした。

「微妙なところだ……仕方がない、スワロフ。こっちに来い」

 エレベーターの手動扉をカラカラと開けつつ、三笠が手招きする。

「何よ?」

 スワロフはいぶかしげな表情で三笠に歩み寄った。

「すまない。不快かもしれないが、少し我慢していろ」

「きゃ――!」

 言うが早いか三笠はスワロフの腰に手を回し、自分の体にぴったりとくっつけた。

 スワロフの顔がゆであがったように真っ赤になった。

「キ、キキキキキサマ、な、なななな――!」

「暴れるな。行くぞ!」

 ほとんど言語を話せていないスワロフを抱え、三笠はエレベーターから飛び降りた。

 一瞬の浮遊感。落下の始まる刹那、三笠は叫ぶ。

「魄炉起動!」

 狭い空間で風が渦を巻き、落下しようとしている三笠達の体を押し上げた。

 ぐんぐんと二人の体は上昇を続ける。

「私に掴まれ、スワロフ」

「なっ! そんなことできるわけが――!」

「早くしろ! 落ちたくないなら掴まれ!」

 その言葉にスワロフは何かを悟ったのか、三笠の体にきつく腕を回した。

 三笠は両手に力を込めた。

「はあッ!」

 左右に立て続けに風の塊をぶつける。

 まず、エレベーターの扉が吹き飛んだ。間髪入れずに壁面にぶつけた暴風によって押し出され、三笠達の体は扉の方に向かって飛ぶ。

 床の上に投げ出されつつも三笠は体勢を立て直し、辺りを確認した。

「最上階、か?」

 ガラスと鉄骨によって織り上げられた、冷たく静かな大展望台だった。エレベーターを中心にして、三六〇度の展望が広がっている。

 眼下には、帝都の煌びやかな夜景が広がっている。そして頭上には――。

「く……キ、キサマ、無茶苦茶よ! 空も飛べるなんて反則だわ!」

 呻きながら、スワロフがよろよろと立ち上がる。

「飛べやしないよ。風圧で跳躍を補助しているだけだ。――それより、見ろ」

 三笠はガラス天井を指さす。

 その向こうに見える空に異変が生じていた。揺らめくオーロラの向こうで雲は赤や紫のまだら模様に染まり、それを背景に時折稲妻が走っている

 スワロフは空を見上げ、きつく眉を寄せた。

「……禍々しい空だわ」

「あぁ、月さえも見えないな。お前は、こんな空を望んでいたのか? ――河内」

「――さて、ね」

 ため息交じりの、抑揚のない声。

 そしてかすかな衣擦れの音ともに、エレベーターの影から河内が現われた。その顔は、今はどこまでも冷ややかな表情を浮かべている。

 すでに魄炉を起動したのか、紫の瞳は煌々と輝いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ