二十三.
電波塔の一階ホールは、不気味なほど静まりかえっていた。普段は煌々と灯っているはずの灯は消え、売店などにも人影はない。
スワロフは辺りを見回し、眉間にしわを寄せた。
「……誰もいない。アイツ、どうやってか人払いをかけたようね」
「恐らく霊軍少佐としての力を使ったんだろうな」
三笠は言いながら、中央にあるエレベーターに向かう。絡まり合う蔦を模した格子が特徴のそれは、最上階まで直通のモノだった。
格子越しに下を見下ろし、三笠は眉をひそめた。下方に、潰れた籠が落ちているのが見える。
「まずいな、エレベーターが落とされている」
「階段を上る時間はあるの?」
スワロフが、エレベーターの奥にある薄暗い階段を指さした。
「微妙なところだ……仕方がない、スワロフ。こっちに来い」
エレベーターの手動扉をカラカラと開けつつ、三笠が手招きする。
「何よ?」
スワロフはいぶかしげな表情で三笠に歩み寄った。
「すまない。不快かもしれないが、少し我慢していろ」
「きゃ――!」
言うが早いか三笠はスワロフの腰に手を回し、自分の体にぴったりとくっつけた。
スワロフの顔がゆであがったように真っ赤になった。
「キ、キキキキキサマ、な、なななな――!」
「暴れるな。行くぞ!」
ほとんど言語を話せていないスワロフを抱え、三笠はエレベーターから飛び降りた。
一瞬の浮遊感。落下の始まる刹那、三笠は叫ぶ。
「魄炉起動!」
狭い空間で風が渦を巻き、落下しようとしている三笠達の体を押し上げた。
ぐんぐんと二人の体は上昇を続ける。
「私に掴まれ、スワロフ」
「なっ! そんなことできるわけが――!」
「早くしろ! 落ちたくないなら掴まれ!」
その言葉にスワロフは何かを悟ったのか、三笠の体にきつく腕を回した。
三笠は両手に力を込めた。
「はあッ!」
左右に立て続けに風の塊をぶつける。
まず、エレベーターの扉が吹き飛んだ。間髪入れずに壁面にぶつけた暴風によって押し出され、三笠達の体は扉の方に向かって飛ぶ。
床の上に投げ出されつつも三笠は体勢を立て直し、辺りを確認した。
「最上階、か?」
ガラスと鉄骨によって織り上げられた、冷たく静かな大展望台だった。エレベーターを中心にして、三六〇度の展望が広がっている。
眼下には、帝都の煌びやかな夜景が広がっている。そして頭上には――。
「く……キ、キサマ、無茶苦茶よ! 空も飛べるなんて反則だわ!」
呻きながら、スワロフがよろよろと立ち上がる。
「飛べやしないよ。風圧で跳躍を補助しているだけだ。――それより、見ろ」
三笠はガラス天井を指さす。
その向こうに見える空に異変が生じていた。揺らめくオーロラの向こうで雲は赤や紫のまだら模様に染まり、それを背景に時折稲妻が走っている
スワロフは空を見上げ、きつく眉を寄せた。
「……禍々しい空だわ」
「あぁ、月さえも見えないな。お前は、こんな空を望んでいたのか? ――河内」
「――さて、ね」
ため息交じりの、抑揚のない声。
そしてかすかな衣擦れの音ともに、エレベーターの影から河内が現われた。その顔は、今はどこまでも冷ややかな表情を浮かべている。
すでに魄炉を起動したのか、紫の瞳は煌々と輝いていた。




