第28話 本当にやりたいこと
落ちた書類を拾った俺は、迷わずそれを破り捨てた。
「メテオラ、もしかして危ないことをしてるんじゃないだろうな?」
「うっ……」
俺が問いただすと、メテオラは目を逸らして黙り込む。
さっきの書類は城の情報だ。もしかして、アドラメレクに……?
「メテオラ、危険なことに関わっちゃダメだ。もうアドラメレクの言うことは聞くな」
「わらわは次期魔王、それしか道はない」
「そんなことを言うなよ。俺と一緒に暮らそう」
俺はしゃがんでメテオラと目線を合わせた。
「皆と一緒に暮らせばいいじゃないか」
「ふっ、わらわは魔族よ。この街で暮らすなど無理な話じゃ。魔王となりこの国を亡ぼす」
「メテオラ! それは本当にお前がしたいことなのか?」
「わらわの……したい……こと?」
メテオラの瞳が揺れた。迷いが生じたかのように。
「魔王になってどうするんだ? 戦争をするのか? 魔族幹部の言いなりになって」
「それは……」
「その後はどうするんだ? 先の大戦のように、勇者と戦って滅ぼしたり滅びたりなのか?」
「うっ……」
あれほど頑なだったメテオラが迷っている。
やはり大人の道具にされていたのか。
アドラメレクもラプラスも、考えていることは分からねえ。でも、メテオラを使って何かをしようとしているのかもしれない。
「もう悪い大人の言うことを聞くな!」
「じゃ、じゃが」
ギュッ!
俺はメテオラを抱きしめた。何処にも逃がさないように。
もう魔族とか関係ない。この子は俺の娘だ。
戦争の道具なんかにさせてたまるか!
「帰ろう、メテオラ。俺たちの家に」
「お、おい」
メテオラを抱っこすると、彼女は手足をジタバタとさせ始めた。
俺は有無を言わせず歩き出す。
「こ、こら! 降ろさぬか」
「降ろすと逃げるだろ。このまま帰るぞ」
「やめぬか! 恥ずかしいのじゃ!」
「ほら、大人しく抱っこされてろ」
手足をばたつかせるメテオラを無理やりお姫様抱っこし、そのまま歩き出した。
◆ ◇ ◆
「帰ったぞ」
「はひぃ……酷い羞恥プレイであったわ……」
パタパタパタパタ――
お姫様抱っこのまま家の玄関をくぐると、娘たちが一斉に駆け寄ってきた。
「お帰りなさい、お父さん。と、メテオラちゃん」
俺とメテオラを見て、エステルが安堵の表情になった。
「わー、メテオラちゃんだけズルいの! シャルも抱っこ」
シャルが飛び掛かってきて、メテオラの表情が変わる。
「こ、こら、じゃれつくでない!」
「わふぅ! シャルも抱っこ、シャルも抱っこ!」
俺に抱っこされたがったシャルだが、何故かメテオラを抱っこする格好になってしまう。どうしてそうなった?
「降ろせ~!」
「わふぅ!」
「まったく、世話のかかる妹ですわね」
リゼットが呆れたようにぼやいた。
「何じゃと! この女神官め! わらわが姉じゃ!」
「その格好で強がっても怖くないですわよ。あと、姉はわたくしですわ」
「ぐぬぬ……」
相変わらず二人は喧嘩しているが、前より穏やかになった気がする。
何より、どっちが姉かで争うのは、姉妹だと認めているということだよな。
「よし、今日はバーベキューに行こう」
俺の提案に、娘たちはきょとんとした顔をする。
あれっ? この世界にバーベキューってなかったっけ?
「それは何か楽しいのか?」
真顔のメテオラにツッコまれた。
「ほら、外で食べると美味しく感じるだろ?」
「そうかの? 旅で野営する時に食べ飽きておるわ」
「確かに……」
しまった。この世界で野営は楽しむものではなく、仕方なくするものだったか。
だが突き進むのみ。
娘たちとバーベキューすれば、きっと楽しいはず。
「とにかく行くぞ。準備だ」
「わー、たまには外で食事も良いかもしれませんね」
気を遣ったのか、エステルが賛同してくれた。
すまんエステル、気苦労が多くて。
「お肉がたくさんならシャルも行くの!」
「仕方がないですわね」
「やれやれじゃ」
他の三人も頷いたことで、急遽バーベキューに行く流れになった。
「じゃあリズさん、家のことは頼みます」
「はい、行ってらっしゃいませ、レイン様」
家をリズさんに任せて、俺たちは山へと出発した。
途中までダンジョンクエストに行くのと同じ要領だ。ダンジョン手前で道を分かれ、モンスターが少ない丘に向かう。
しばらく歩いたところで、景色が美しい湖畔に出た。ここを野営地とする。
「これは良いロケーションだな。王都からも近いし、街道からも移動しやすい。水も綺麗だし。このままずっと野営できそうだぞ」
自然とそんな感想が出てしまう。前世でキャンプなどやっていなかった俺だが、こんな綺麗な場所ならやっても良いと思うくらいに。
ただ、何か言いたそうなリゼットが、俺をジト目で見ているのだが。
「どうした、リゼット?」
「お父様、このままここに住むとか言わないでくださいましね」
「さすがに住んだりしないよ」
キャンプは良いと思ったけど、森に永住するつもりはないぞ。
王都を追放でもされない限りな。
「ほら、準備しよう。肉を焼くぞ」
バーベキューセットを広げ、持ってきた食材を焼き始める。
最初は気乗りしない様子だったリゼットやメテオラも、肉の焼けるいい匂いがしてくると態度が一変した。
「美味しそうですわね。この大きいお肉を頂きですわ」
「これ! それはわらわが育てた肉じゃ!」
肉の取り合いをする二人を眺めていると、やっと一安心できそうだと思った。最初は攻撃し合うような仲だったからな。
「もうっ! 何でわたくしの肉ばかり横取りしますのよ! くらいさない、神の鉄槌を!」
「たわけが! それもわらわの育てた肉じゃ! 魔王の力を見せてやる!」
あれぇ…………。仲良くなってるんだよな?
しばらくすると、肉でお腹がいっぱいになったからなのか、娘たちが大人しくなった。
シャルは蝶々を追いかけて、エステルとリゼットは花で冠を作り始め、メテオラは湖を眺めている。
「まるで休日の父親みたいだな……」
そんな独り言が、自然と出てしまう。
前世では体験できなかった幸せな家庭だ。
休日に娘を連れバーベキューに出かける父親。俺は張り切って準備をするも、娘はゲームをしたいと乗り気じゃないんだ。
でも、いざ山に到着し肉を焼いたら、娘も乗り気になって。何だかんだ言っても、最後は楽しかったねって話になったり。
そんなありふれた日常だけど、俺は小さくて細やかな幸せを感じるんだ。
「父親か……」
俺はメテオラの隣に腰かけた。
「どうだ、メテオラ。楽しかったか?」
「ふん、肉は美味かったのじゃ」
相変わらず素っ気ないメテオラだが、少しだけ態度が軟化している気がする。
「そうか、それは良かった。美味しいものを食べるのは、幸せに繋がるからな」
「そうなのか?」
「ああ、食事は大切だ。粗末なものばかり食べていると、心も荒むからな」
前世の俺は、毎日同じカップラーメンやら菓子パンばかりで、愛情のこもった手料理を食べられなかった。食生活の乱れは心の荒廃を招くんだ。
それは身をもって実感していた。
何処かで聞いたことがある。美味しいものを食べると、幸せホルモンが増えたり免疫機能が高まるって。
「メテオラ、考えてくれたか? 俺たちと一緒に暮らすって」
「魔族であるわらわが、人族と一緒にはなれぬ。わらわは、魔王に……」
「メテオラは魔族じゃなく俺の娘だ」
「うっ、そ、その」
俯いたメテオラは、静かに口を開いた。
「わらわは……次期魔王と期待されながら……その力も覚醒せず……」
「えっ?」
「このままでは用済みになってしまうのじゃ。新たな種を手に入れ……真の魔王を生み出さねば」
絞り出すように吐露するメテオラに、俺はアドラメレクの言葉を思い出した。
『では、私がレインとセッ○スします。セッ○スしまくります。ドスケベセッ○ス百回します』
まさか! アドラメレクのアレは、俺の種を採取するという意味だったのか!
待てよ!? 種を採取して、新たな魔王候補が生まれたら、メテオラはどうなるんだ? 用済み……なんてことに!?
「メテオラ! もう魔族のもとに戻っちゃダメだ!」
「しかし」
「このままじゃ用済みって言ったよな? でも、真の魔王を生み出したら、メテオラはどうなるんだ?」
「あっ……」
メテオラはハッと顔を上げた。
「このままじゃメテオラは戦争や陰謀の道具にされちゃうぞ! 俺と一緒にいろよ!」
「それは……う、うん……」
やっとメテオラが首を縦に振った。やっと俺の想いが通じたのか。
ズガァアアアアアアアアアーン!
その時、森の奥で爆炎が噴き上がった。




