第26話 疑惑
メテオラを家に連れ帰ったものの、リゼットとの仲は険悪なままだ。
二人とも目を合わせようとしない。
「神官と同じ家に住むなど、寝首を掻かれそうじゃ。くわばらくわばら」
「何ですって! 魔族と一緒の方が危険ですわ!」
お互いに背中を向けたまま言い合っているのが、シュールというか何というか。
「わふっ! メテオラちゃん」
「ひいぃいいっ!」
シャルが近づくと、メテオラは怯えた表情になった。
「これ、わらわに近づくでない」
「またおんぶで競争なの」
「あれはもうたくさんじゃ!」
強気なメテオラだが、どうもシャルだけは苦手らしい。帰り道に何があった?
「おい、お前ら。姉妹なんだから仲良くしろよ」
俺がそう声を掛けても、メテオラとリゼットの空気はぎこちないままだ。
「メテオラ、部屋は……」
「わらわは一人部屋じゃ」
そう言うなり、メテオラは空いていた部屋にこもってしまった。
困ったな。どうにもやり辛い。魔族と神官では相容れぬものかもしれないけど。
「あうっ、どうしましょう」
帰ってからずっとエステルがオロオロしている。気遣いしすぎて疲れているのだろう。
俺も似ているから分かるぞ。ギスギスした空気が苦手だし、人の顔色ばかり見ちゃうんだよな。
「エステル、俺に任せろ」
俺は、そっとエステルの肩に手を置いた。
「は、はい」
エステルは安心したように、俺の手をギュッと握った。
「お坊ちゃま、もう大丈夫ですか?」
そこに、隠れていたリズさんが姿を見せた。どこに身を潜めていたのか。
「リズさん」
「お坊ちゃま……レイン様、お食事の準備はできております」
「ありがとうございます。メテオラの分は、俺が持っていくから大丈夫ですよ」
「は、はい」
リズさん、メテオラを怖がってるよな。
無理もない。魔族を怖がる人は多いのだ。
もう昔のこととはいえ、聖魔大戦では血みどろの戦いをした相手だから。
そんなリズさんだが、突然顔を赤らめてモジモジし始めた。
「レイン様は本当に性欲旺盛な好色漢ですね。まさか魔族にまで妻をつくっていただなんて」
「ち、違います! 俺は嫁も彼女もいないですから」
「分かってます。英雄色を好むですよね」
全然分かってねえ!
どうもリズさんは天帝の種共有協定を理解していないようだ。まあ、知らない方が気が楽だけど。
◆ ◇ ◆
「メテオラ、夕食を持ってきたぞ」
俺は食事を載せたトレイを手に、メテオラがこもる部屋に足を運んだ。
「ふん、わらわは粗末な食事では満足せぬぞ」
ちょっと偉そうだな。
魔族の国ではどんな育て方をされてきたんだろう。
「リズさんは料理も上手だから、魔族でも満足するはずだぞ」
「ふむ……」
最初は湯気が立つ料理をチラチラ見ていたメテオラだが、我慢できなくなったのかスプーンを手に取った。
「どれ、あむっ……はむっ、むしゃむしゃ……」
恐る恐る料理を口にしたメテオラだが、二口目からは夢中になって食べ始めた。
どうやら気に入ったようだ。
さっきまでは偉そうだったのに、今は無邪気な子供みたいに料理を頬張っている。
もしかしたら、こっちが本当のメテオラなのかもしれない。
「その、メテオラも大変だな。魔族の派閥闘争とやらが……」
俺が話を振ると、メテオラは仏頂面になった。
「ふん、当然じゃ。魔族は弱肉強食。強くなければ生きられぬ」
生きられぬか……。人族の間では恐れられている魔族だけど、魔族には魔族の大変さがあるんだよな。
誰だって望んでその種族に生まれた訳じゃないのに。
優生思想が強いエルフ族。強さこそが存在価値で、弱き者は追い出され、奴隷として売られていく獣人族。そして、弱肉強食で生きるのもハードな魔族か。
人族も褒められたもんじゃねえ。裏切りも多く、クズみたいな奴もいる。
皆、生きるのに精いっぱいだ。
「その、メテオラ。ずっとここで暮らさないか?」
俺の言葉に、メテオラはきょとんとした顔をした。
「何を言うかと思えば。わらわは次期魔王となる者ぞ。人族の街で暮らせるはずがなかろう」
「魔王になってどうするんだ?」
「そ、それは……」
メテオラの目が泳いだ。
「別に魔王だからといって、人族と戦争をしなくてもいいだろ。メテオラはメテオラのしたいことをすれば」
「わらわのしたいこと?」
「そうだ、旅をしたり好きな趣味を仕事にしたり。知らない国に行って美味しいものを食べたり。見たことのない景色を見たり」
メテオラは顎に手を当てて考え込んでいる。
生まれてからずっと、魔族幹部の言うがままに育ってきたのかもしれない。初めて自我というものを考えたのだろうか。
「ふっ、くだらぬ。どのみちわらわに選択肢など無いわ」
それ以降、メテオラは背を向けて口をつぐんでしまった。
◆ ◇ ◆
翌朝、俺がダイニングに顔を出すと、落ち着かない様子のエステルがいた。
「どうしたんだ、エステル?」
「お、お父さん、メテオラちゃんがいません」
「なっ!」
俺は慌てて家の中を探した。メテオラの部屋も、庭も、風呂やトイレも。
「メテオラ……」
俺の中で不安が大きくなる。一人で出ていってしまったのかと。
もっと優しく向かい入れてやれば良かったのか。
もっと姉妹仲良くさせていれば。
俺に偏見はなかったのか? あの子が魔族だから。
もっと…………。
次々と後悔の念が込み上げる。
「ちょっと探してくる。エステルは家で待っててくれ」
エステルをダイニングに残し、俺は走り出した。
途中で部屋から出てきたリゼットとぶつかりそうになりながら。
「お、お父様、どうしましたの?」
「リゼットもお留守番していてくれ」
「お父様ぁ!」
娘たちの声を背に、俺は家を飛び出した。
「メテオラ、何処に行ったんだ」
前世の俺は……親に虐待され……誰にも愛されずに生きてきた。
そうだ、俺は世を呪ったんだ。
他の人は愛されているのに、どうして俺だけは不幸なのかと。
街ゆく人々は、誰もが幸せそうに見えた。恋人と手を繋ぎ。家族連れで楽しそうにしていたり。
でも俺は、ずっと一人きりだった。
世間の人は皆愛に溢れ幸せで、俺一人が不幸せなのだと思っていた。
娘には、そんな思いをさせたくないと決めていたのに。俺は、メテオラに寂しい思いをさせてしまったのか。
大通りを駆け抜け、裏通りへと入る。
いくつもの路地を曲がったところで、メテオラの姿を発見した。
「メテ……」
踏み出しかけたところで、俺は思わず足を止め、息をひそめた。メテオラと一緒にいる女に気づいたからだ。
フードを被って魔力を抑えているが、あれは間違えようのないアドラメレクだ。
念のためステータスオープンして確かめた。
何でこの街にアドラメレクが? 帰ったはずじゃなかったのか?
次々に疑問が湧き上がる。
俺は音をたてないように、壁の陰から二人のいる路地を覗き込む。
「メテオラ様、人族の街では目立ちます。ツノを隠してください」
「う、うむ」
何やら二人はやり取りをしているようだ。
「それでメテオラ様、レインの……は……できましたか?」
「まだじゃ。娘のわらわが採取してはおかしかろう」
「そうですね。ならば私が採取しましょう」
何の話だ?
遠くてよく聞こえないぞ。
「レインの種は私が……いたします。メテオラ様は、王城…………こみ、見取り図……と兵の……を調べてください」
「うむ……」
何だ? 何を話しているんだ?
くそっ、アドラメレクめ、俺の娘を種族の道具にする気じゃねえだろうな? 余計なことを吹き込むんじゃねえぞ!
「では、私がレインとセッ○スします。セッ○スしまくります。ドスケベセッ○ス百回します」
「ブフォ!」
しまった。エッチワードが聞こえて、つい噴き出してしまった。
「誰だ!?」
路地裏にアドラメレクの声が響く。
どうやらバレてしまったようだ。




