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眠る私とお人形な王女様  作者: フォグブル
第三章 『眠り姫』と丘の街の午後
19/26

第二話 「友達」

 ついさっき感じた『親友』に成れるかも知れないという予感。

 私は早くも、その予感を疑わなくてはならない事態に直面しています。


「いえいえいえ。無理ですっ、絶対に無理ですってばっ!」


 私はあらん限りの声を張り上げて、ユーリに拒絶の意を伝えようとする。たとい相手が王女様であっても無理なものは無理なのです。

(……ふ、不敬罪だって言われようともっ)

 今だけは断固拒否する覚悟でいます。

 しかしユーリは、そんな私の気持ちなどお構いなしに


「それこそダメだよっ! 絶対にダメなんだからねっ!!」


 強硬にそう主張し続けています。友達だからと見逃してくれる気は毛頭無いご様子です。

 そしてもう一人ここにいるアリサさんはというと


「……」


 ユーリの隣に立ちながら、無言のまま冷たく私を見詰め続けているだけです。

 でも短い付き合いの私でも分かります。その視線が「早く覚悟を決めて諦めて下さい」と言っているのをっ!!


「う~」

「くぅ……」


 ユーリは私の手を引っ張って行こうとし、私はそれに抗おうと両足を踏ん張り続ける。お互いの力が拮抗しているせいか、二人で仲良く引っ張り合いを演じている私達。

 昨日もここコンスタンティーノの丘の往来で、姉さん達を相手に同じようなことをした気がするのですが、それはそれ、これはこれ。二日連続で子供じみた行動を衆目に晒してしまった事への羞恥心など、今ここにある危機の前には些細な事です。


「何でそんなに意固地になるかなぁ。明日からの巡礼に必要なものだってマリアちゃんも分かっているでしょ?」


 梃子でも動かない私に痺れを切らしたのか。ユーリは先程の大声から一転して、優しく諭すように私へと話しかけてくる。


「――うぅ。それは分かるのですが」


 正論で攻められると弱い。客観的に見れば私が我侭を言っている様なものだけに、そこを突かれれると返す言葉が無いです。


「でしょでしょ! マリアちゃんも初めてで怖いかもしれないけど、わたしも一緒だから大丈夫だよっ」


 弱点を疲れた私の勢いが弱ったと見るや、ここぞとばかりに強気で攻めてくるユーリ。言葉だけでなくグイっと手を引く力も同時に強めてくる。強弱混ぜ合わせたその抜け目の無さに軽く戦慄を覚えるのですが……。


「わっとと」

「あっ」


 そんなところは王女様なんだなーと考えていたせいか。一瞬気を抜いてしまって私は姿勢を崩してしまい、勢いそのままにユーリに抱きつくような格好になってしまった。


「マ、マリアちゃん!?」


 倒れこむ私を受け止めてくれたユーリが、小さな悲鳴を上げる。

 その声に驚いた私は、慌ててユーリから離れようとして

「……うっ」

 "ソレ"を真正面から見てしまった。

 ユーリから体を離すついでに、そろりそろりと後ろに逃げ出そうとした私の肩を

「……」

 アリサさんが無言で取り押さえる。

 そんな彼女へと首だけで振り向きながら、「見逃してくれませんか?」と視線でお願いしてみたんだけど。


「……時間の無駄ですのでお早くお済ませください」


 あくまで冷静にそう返されるアリサさん。逃がしませんよと言わんばかりに、私の肩を掴む力が心なしか増してきている。

 ご自分の侍女が私を捕まえた事に気付いたユーリが、笑顔と共に最後通牒を突きつけてきました。


「マリアちゃんも私と同い年の女の子なんだから、自分の下着は自分で選ばなくちゃダメだよ?」


 お姉さんぶるようにそう話す王女様。その御付の人に逃げ道を塞がれてしまった私は、諦めの境地と共に"ソレ"を見上げた。

 コンスタンティーノの丘の街並みと調和のとれた外観ながら、女の子受けしそうな淡いピンクの色合いで飾られた看板には、私の見間違いで無ければ『ランジェリーショップ』の文字が躍っている。


 ――そう。私はこれから、生まれて初めて自分で自分の下着を買わなければならないのだ。


「~~~っ!!」


 改めて意識すると顔が真っ赤になるほど恥ずかしくなる。

(た、たかが下着ごときで、な、な、なにを動揺しているのですか私はっ)

 女の子なら普通の事でしょ?

 そう心に言い聞かせてはいるものの、自分でも訳の分からないままに制御不能に陥った感情に翻弄されるばかりでして。

 そんな感じでなおも「ぁわぁわ」言っている私に痺れを切らしてのか


「……失礼いたします、アズマリア様」

「っ!?」


 一応そう断わってから、私の足にひざカックンを食らわせてくるアリサさん。

 予想外の攻撃に驚くと共にバランスを崩す私。アリサさんはそんな私の手を素早く握ると、有無を言わさぬ速さで店内へと連れ込んでしまった。


「あー、アリサずるい。わたしも一緒に入りたかったのにー」


 そう文句を言いながら、ユーリも私達の後に続いてお店の中に入って来る。

 私はというと恥ずかしさで真っ赤になりながら、色とりどりの品々で溢れたお店の中を、できるだけ直視しないように命一杯視線を泳がせていた。


 ぎゃあぎゃあと騒がしく女性下着の専門店へと入っていく私たち三人組。



 ―――それから後の事は正直良く覚えていませんでした。




 ○ ○ ○



 ……まあそんな感じでして。

 明日から始まる巡礼の旅へ向けて、私達は順調(?)に買い物を済ませていきました。


 そして今。


「はぁ~」


 コンスタンティーノの丘を走る通りから、路地に少し入った所にある小さな公園。その公園に植えられた二本の樹に挟まれるように置かれていた休憩用のベンチに、ユーリと私は並んで座りながら休憩を取っていた。木陰の涼しさが疲れた体(と心)を癒してくれます。

 小さいながらも美しい花壇もあり、公園全体の緑も良く手入れされている事から、もともとは誰かのお家の庭園だったのを開放しているのかも知れない。

(アニスさんのお店もこんな雰囲気でしたね)

 コンスタンティーノの丘に住む人は、お庭作りが趣味の方が多いのかもしれない。

 春の花が咲く花壇の向こうには、家々の屋根越しに広がる王都の街並みを眺める事が出来た。


 その美しい景色を、私とユーリは二人並んで眺めていた。

 アリサさんはというと、これまで購入してきた品々を手早く纏めて、どこぞに待機していたらしいメイドさん達に荷物を手渡していた。

(……こっそり付いてきていたんですね)

 考えてみれば当たり前だけど、一国の王女様を侍女と友人だけに任せたりはしないよね。きっとメイドさん達の他にも、私達に気付かれないように護衛の人達もどこかに隠れているのだろう。

 取りあえずそのことに安堵するものの、先程の騒ぎをあのメイドさん達にも見られていたのかと思うと猛烈に恥ずかしい。


「……はぁ」


 思えば領地の館を出てからこの方、いろんな人に自分の子供っぽい姿を見せてしまっている。さっきの事もそう。傍から見れば、子供同士の喧嘩にしか見えなかった事だろう。

(自分ではもっと大人だと思ってたんですけどね……)

 王都に出発するまでは、思いもよらない事だった。


 シュタットフェルト領の館にいた頃は、だいたいの時間を勉強かフィールドワークをして過ごす毎日だった。

 それに(あまり認めたくは無いが)『前世』の記憶のおかげで色々と物知りだったし、その分精神的にも早熟な方だと自負していたのだ。

 そのため、たまに上の姉さん達にからかわれる事はあっても、基本的には物静かな女の子として日々の生活を送ってきた。

 家族からもよく「アズは大人びてるよね」と言われていたし、私自身、家族や使用人の人達に我侭を言った記憶もあまり無いし。

(いや、それを言ったら、今まで引きこもってたのは十分我侭な事だよね)

 そう考えると十分子供っぽかったんじゃん、私って。

 今更ながらにその事実に気が付いてしまい、羞恥のあまり内心頭を抱えてしまう。

(わ、私のイメージって)

 自分がこうだと思っていた姿よりは、断然子供ぽっかったんだな……。


(ぅぅう。ま、まぁ自分を客観的に知る事ができたんですから、これもしゅ、収穫ですよね)

 思わぬ形で知って涙目になりましたがね。

 それでも落ち込んでばかりはいられません。内心の動揺を抑えつつ、出来るだけ前向きに物事を考えます。なぜなら私は過去に縛られない女の子だからです。

(よ、よぉしっ。が、頑張るぞー)

 そう気持ちを奮い立たせた私でしたが、ふと横にいるユーリが静かなままな事に気が付いた。


「?」


 気になってユーリの横顔を覗いてみると、彼女はどこか表情の無い目をして、ただぼんやりと王都の風景を眺めているようだった。

 その静かな眼差しは、私の手を引いてお店を渡り歩いていた時の活発なものとは違っていて。今の彼女の、その黒い瞳には、なんだか不思議な静謐が満ちているように私には見えた。


 ユーリは何を見ているのだろう。なんとなくその視線の先が気になって、彼女と同じ方へと顔を向けてみる。

 コンスタンティーノの丘に沿って段々に並ぶ家々。その向こうには、王都リシテア市の白い街並みが広がっている。遠くに見える城壁にぐるっと囲われた、私達の国で一番大きな街。そしてこれからは私も一緒に住む街だ。

 丘の下から吹き上げる風が、公園の木立を優しく撫でる。その軟かな風に、私達二人の髪もまた、波に揺られるように静かに後ろへと流されていった。

 さわさわと揺れる木立の音。路地の向こうから聞こえてくる下町の喧騒。そのどれにもユーリは特に反応することなく、ただぼんやりと王都の街を見下ろしている。

 だから私も、同じように王都の街を見下ろしていた。

 今日は空気が綺麗に澄んでいるからか。この場所からも、ユリウスの丘にある王宮が良く見渡せた。

 ユーリは王宮を見てるのかな。そう思ったとき。

(――あ)

 その時になって漸く思い出す。


 ―――ユーリもまた、『人形姫』という名を持っている事を。


 今日一日、彼女の傍にいたというのに。私はその事を、今の今まで気にもしていなかった。

(……女王陛下の人形姫)

 貴族や庶民達は、こぞって彼女の事を『人形姫』と呼んでいる。

 人々がその名を、どういう意味を込めて使っていたのか。そしてそれは決して、善意や好意からではないという事に。

(――思えば私も同じ事をしてたのか)

 あの日。父さんにユーリのご学友の話を聞かされたとき、私は『人形姫』という名をどう思っていただろうか。


『実の娘をお気に入りの人形のごとく可愛がっている陛下への、皮肉の効いたネーミングだと私は思っている』


 確かそう、なんて皮肉の効いた名だろうと思っていたのだ。

 あまつさえ、彼女の"ご学友"になるのは、とても面倒な事だとも考えていたのだ。

 事実、昨日までの私は、"王女殿下のご学友"に間違っても選ばれないようにと。そのために選考会でどう手を抜くか。そんな事ばかり考えていた。


(……)


 ――私だって、本当はずっと気にしていた。

 同い年の貴族の女の子達に、『引きこもり姫』と呼ばれていたことに。

 8歳のあの日。それを知ってしまった時の私は、どうしようもなく悲しくなったのだ。

 その後もずっと、領地の館から一歩も出ない私にはお似合いの名だと強がっていても、本音ではとても悔しかったのだ。

 だからあの日。イリス姉さんが私に『眠り姫』の名をくれたとき。恥ずかしがってはいても、本当はとても嬉しかったのだ。

 たとえ家族しか知らない名であっても、『引きこもり姫』と呼ばれるよりもどんなに誇らしかった事か。口では止めてと言っていても、内心その響きがとても気に入っていたのだ。

(家族には絶対言いませんけどね)

 それでも、私に新しい名前をくれたイリス姉さんには、言葉では表しきれないほど感謝してきた。


(――それなら、ユーリはどう思っているのかな)


 自分が『女王陛下の人形姫』と呼ばれていることを。


 小豆色( ・・・)に揺れる彼女の髪を見詰めながら、私はアヤ・ソフィアを出る前に、アリサさんから聞かされた話を思い出していた。



 ○ ○ ○



「それじゃあ着替えてくるから、ちょっと待っててねマリアちゃん!」


 そういって応接室を飛び出そうとするユーリ。

「ユーリ様。少しお待ちください」

 そんな彼女を、アリサさんが呼び止める。

「ん? どうかしたアリサ?」

 そう言って不思議そうに振り返るユーリ。

「ユーリ様、お召し物をお着替えになられる際に、こちらもお付け下さい」

 アリサさんはそう言うと、ポケットから赤い宝石のようなものを取り出す。

 それを見たユーリは、途端に顔をしかめてしまった。

「えー、これからマリアちゃんとお買い物なんだよ。今日くらい別に付けなくていいじゃない」

 ユーリは、赤い宝石を渡そうとするアリサさんの手を押し返そうとするが。

「……これはアズマリア様のためでもあるのですよ」

 そう言われてると、その動きを止めてしまった。

「?」

 あの宝石ってなんなんだろう。不思議に思うものの部外者である私には、二人のそのやり取りを、首を傾げながら見ている他ない。

「……どうしてもダメ?」

「ダメにございます」

「今日はお外を歩くから、誰も見てないと思うよ」

「それでも万が一がございます」

「……マリアちゃんの前では変えたくない」

 俯き加減にそう訴えるユーリ。その声の沈み具合に、事情の分からない私でも切ない気持ちになる。

「……遅かれ早かれ知られる事でございますよ」

 ユーリの頭を優しく撫でながら、アリサさんは諭すように語り掛ける。

 その声に納得したのか。

「うん……」

 小さく頷くと、ユーリは足早に部屋を後にした。


「あの、アリサさん。さっきの赤い宝石は何だったのですか?」

 ユーリが出て行った扉が閉まると、その場に立ち止まっていたアリサさんに私は尋ねた。

「……」

 対するアリサさんは、無言のまま私にソファーに座るよう勧めると、壁際に置かれたティーセットから紅茶を淹れて持ってきてくれた。

 私の所と、自分の前に紅茶の入ったカップを置いたアリサさん。彼女はそうして一呼吸間を置くと。

「アズマリア様。ユーリ様の髪色をご覧になられて、どう思われましたか?」

 私の質問には答える代わりに、逆にこう尋ねてきた。

「髪の色って、ユーリの黒い髪ですか?」

「はい、ユーリ様の黒いお髪についてです」

 そう真剣に問いかけてくるアリサさん。だから私も真剣に考えて答えようとする。

「――そうですね。綺麗な髪色だなって思いましたよ。艶があっていい色だなって」

 それはユーリとの最初の出会いの時。彼女の笑顔と一緒に、突然目の前に飛び込んできた色だった。

「……そうですか」

 私のその答えをどう思ったのか。青い髪をした侍女さんは相変わらずの無表情で、その事が私を少し不安にさせた。


「ユーリ様の髪色は、この国ではとても珍しい色でございます」

 そう言って、アリサさんはユーリに纏わるお話をしてくれた。


 もともとこの世界では、黒い髪というのはとても珍しい色なのだそうだ。それでもまるっきしいない訳ではない。数にすれば千人集まれば何人かは黒い髪の人といった具合に、普通に生活していても見かける事がある程度。そのくらいの珍しさなんだそうだ。

 神殿の中でも、闇の女神様を司る神官に選ばれる人は黒髪の人が多いし。特別な意味など持たない色。少なくとも30年前まではそうだったのだ。


「事態が変わったのは30年前、黒い魔物が現れてからです」


 突如現れては、村や、町や、人を襲う魔物たち。

 彼らとの熾烈な戦いは、今から13年前に光の御子セイラ・オルトティーヌによって終焉を迎えるまで続いたのだ。


「我々は魔物の脅威を退ける事ができました。しかし、人々の中に刻まれた記憶までは、どうしようもなかったのです」


 十年以上もの長きにわたって、黒い魔物の脅威に晒されてきた人々にとって、『黒』という色はそれだけで嫌悪の対象となってしまったのだ。


「幸い…と言っては語弊がありますが、黒い髪を持つものはそう多くはありません。彼らに対する差別が酷くなる前に、神殿による保護が行われる事になりました」


 もともと神殿の経典には、黒が悪だなどとはどこにも記されていない。それでも黒い魔物の恐怖を忘れられない人々にとって、黒い髪は差別の対象となってしまいがちになっていたのだ。

 その後の復興期において、神殿側の努力の甲斐もあっり、その様な風潮は影を潜めるようにはなったものの、今だ完全には払拭されたとは言いがたいらしい。


「……しかしユーリ様は、光の御子さまのお子でございます。救世の英雄の子が"黒い髪"である事が知れてしまえば、どのような悪影響が出るか、誰にも予測できない事でした」


 そのような社会状況の中、ユーリの髪色は問題視されてしまう。結果その色自体を変えてしまおうとしたらしい。




 ○ ○ ○



(それが、ユーリが身に付けている魔法具の正体)

 彼女のその髪色を、黒から小豆色へと変化させるための、赤い宝石の形をした魔法の道具。

 彼女は、それを身に付けている時しか人前に出る事を許されていない。


 始まりは不必要に民を動揺させないため。黒い魔物達に傷つけられた人達の、その心の傷に触れないようにという思いのため。

 そのためにユーリは、一人王宮の奥に閉じこもっている事を求められ続けてきた。


(その結果つけられた名が『人形姫』か……)


 王宮の中に閉じ込められていたユーリ。『人形姫』と呼ばれ続けているこの国の王女様。

 公園の緑を揺らす風に吹かれながらも、ただじっと王宮のあるユリウスの丘を見詰め続けている女の子。

 彼女は今何を考えているのだろう。何を思っているのだろう。


(……わからない)


 私が知っているユーリは、初対面のときからいろいろとおかしくて。私の事をマリアちゃんと呼んでくれていて。いつもニコニコしているような雰囲気の子で。私と一緒にお買い物ができる事を、とても嬉しそうにしていて。


(わからないよ、イリス姉さん……)


 それでも今私の隣で。何かに耐えるように静かに座っている女の子もまたユーリなのだ。


(ぅ、ぅぅ)


 ああ、時間にしてどれくらいそうしていただろう。この公園のベンチに座ってから、まだそんなには経ってないはずだ。きっとそれは5分とか、それくらいの短い時間だったはずなのだ。

 そんなちょっとの間、少しくらい気が緩んだとしてもしょうがないだろう。

 私が少し身動きするとか、アリサさんが戻ってくるかしたら、さすがにユーリも気が付くだろう。今自分がしている顔が、誰かに見られたらいけないものだって。

 だからきっと、彼女にしたらそう、これはちょっとした油断だったのだ。

 だから私の視線に気付きさえすれば、きっといつも通り元気な笑顔のユーリに戻る。だからそれまで待っていれば――――


「うがぁーーー!!!!」



 気が付けば私はそう雄たけびを上げて立ち上がっていた。

 隣に座ったユーリが、突然の事にビックリして飛び上がっている。アリサさんもきっと目を丸くしていることだろう。

(だがそんなの関係ねー!!!!)

 私の突然の奇行に目を見開く二人の事も、弱気な気持ちに流されそうになっていた、私自身の心の事も。全部が全部、今の私には関係ない。


「ユーリっ!!」


 もはや世間体など気にしていられるか。そんな勢いのまま、隣にいるユーリを呼びかける。


「な、なに。 どうしたのマリアちゃん?」


 そんな私の気迫におされ気味のユーリ。彼女は目をまん丸にして私の事を見上げていた。

 その綺麗な黒い瞳には、さっき見た不思議な静謐さは微塵も残っていなくて。それを確認した私は――


「うをおおおおおおーーー!!!!」


 そのまま飛びつくように彼女に抱きついていた。


「えぇぇええええ!? ちょ、ちょっとどうしちゃったのマリアちゃん!?」


 当然のごとく混乱する王女様。だが今の私は、たとえ王女様が相手でも微塵も遠慮などする気はまったく無いのだ。


「とりゃああああああっ!!!!」


 ユーリに抱きついた勢いを殺さずに、私は彼女ごと地面へと転がり込む。


「はいぃいいーーー!?」


 ユーリから聞こえる悲鳴のような声。その声を聞きながらも、私は止まる事など微塵も考えてはいなかった。そしてそのまま二人仲良くゴロゴロと公園の草むらを転がり続ける。もう自分でも何がしたいのか分からなくなっているが、まあやらないよりはマシだろう。


 あの時ユーリの見せたあの表情。あれはダメだ。理屈じゃなく、とにかくアレはやっちゃダメな顔なのだ。

 でも今の私にはユーリからそんな顔を無くすための、気の聞いた言葉など微塵も浮かんでこなかった。そもそも私は、初めての友達を元気付けるなどという高度な技術など、最初から持ち合わせなどいないのだ。

(なぜなら私は『眠り姫』ですからね!!)

 最善の方法を知らないのなら、それはもう感情のまま突っ走るしかないじゃないですか。

(それにユーリと私はもう友達なのですっ)

 遠慮する必要など、どこにも無いのでありまして――


「わあっはははははーーー!!」

「きゃあああああああああ!!」


 だからそう。後の事など考えずに、子供らしく遊べばいい。

 そう開き直った私は、お人形と呼ばれた王女様を抱きしめたまま、ぐるぐるごろごろと公園の中を転がり続けるのでした。





5/24 誤字及び文章の表現を一部修正。

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