第05話 試験期間
「オズヴァルト。例の調合士の様子はどうだ」
リーリエが王宮に来て数日たったころ、クロードはオズヴァルトの部屋を訪ねていた。
「様子って、まだこっちに来て数日だろ? 当然試験段階だろうな。って、まさかもうあの子の作ったポーションを飲む気か? やめてくれよ。もしもお前の身に何かあったら、連れてきた俺も、教育係のリッツも斬首刑になりかねないぞ」
「王になる気のない王子なんて、死んだって構わないだろうが」
「お前じゃなくて、俺が死にたくねぇって言ってんだよ」
自室のベッドに座ったまま、オズヴァルトは砕けた態度で言う。
「なんでそんなにあのスタミナポーションにご執着なのかねぇ。ポーションなんてどれも同じじゃねぇか」
「……いや。確かにあの時飲んだポーションは違った」
「疲れてただけだっての」
オズヴァルトは嘆息し、言葉を続ける。
「新しく来た調合士は、教育期間に一ヵ月。その後の試用期間が三ヵ月で、ようやく雑兵用のポーションつくりが始まるんだ。知ってるだろそのくらい。それに王族は専属の調合士が作ったポーションしか使用しない決まりだろうが」
「それは、そうだが……。一本くらい融通が利かないものだろうか」
「だから、その一本に毒が入ってたらどうすんだよ。調合士なんて一番毒殺に近い奴らなんだから、もうちょっと警戒しろって」
言いながらオズヴァルトはリーリエの姿を思い出す。不健康なほどに細い体に、精気のない顔。とても毒殺を企てるようには思えないが、どこからか仕込まれた使い捨ての暗殺者の可能性も全くのゼロではない。
「それに、何か特別なことがあればすぐにリッツが連絡をよこすだろう。第一王子様はのんびり報告を待ってろよ」
「……わかった。すまない、就寝前に邪魔をした」
「気にすんなって。クロードもちゃんと寝ろよ?」
「今やってる仕事が終わったらな。ちょっと仕事が立て込んでいるんだ」
「前から言ってるが、わざと仕事を抱え込むのはやめろよ」
「分かっている」
「いや、お前は分かってねぇ」
オズヴァルトはやれやれと首を振ってクロードの肩を軽く小突いた。
「シルヴィアの件でふさぎ込んで、ようやく部屋から出てきとおもったら仕事仕事、そして仕事だ。仕事の忙しさでシルヴィアのことを忘れようとしてるんだろ。あの一件はお前のせいじゃない。気にするなとは言わないが、いい加減にもう立ち直れ」
「……分かっている。すまない、就寝前に邪魔した」
クロードは苦渋の表情でそういうと、オズヴァルトの返事も聞かずに部屋を出て行った。
「だから、分かってねぇって言ってんだろう。阿呆が」
オズヴァルトはガシガシと頭を掻いた後、机の上のブランデーを煽り、そのままベッドに横になった。
◇
「合格おめでとうございますリーリエさん。試用期間は今日で終了です。素行、技量ともに何の問題もありませんでした。明日からあなたの作成したポーションは王宮関係者も使用することになります。これまで通り良い品質のポーションを作成してくださいね」
「試用期間……?」
王宮に来てから一月。リーリエがもはやルーティンと化した日常でいつもどおりにポーションを作成していると、頭上から声をかけられた。さらりと流れる緑の髪、スラリとした体躯、整った顔に張り付いたような笑み。リッツである。
「はい。お伝えしていませんでいたが、この一月の間にリーリエさんが作成したポーションはすべて検査させていただいておりました。素性のわからない人が作成したポーションを王宮関係者に飲ませるわけにはいきませんからね」
つまり、リーリエのことを疑っていたということだが、リッツはまったく悪びれもしていない綺麗な笑顔で言う。
リーリエも疑われたことについてとやかくいう気は無かった。
「そうですか。合格出来たようで嬉しいです」
「おや、怒らないのですか?」
「まぁ、実績も信用も、何も無いですからね。疑われて当然です。むしろそんな私のつくったポーションが直ぐに現場で使われる方が、危機意識の低さに驚きますよ」
「なるほど、賢明な方ですね」
リッツの笑みが少しだけ深まった。
「ところで、こちらでの生活は如何ですか? さすがにもう慣れましたか?」
「はい。何ひとつ不自由もなく快適に過ごさせて貰ってます」
「……その割には顔色が良くないようですが」
リッツがリーリエの顔を覗き込む。リーリエの顔は依然として白く、その身体は細くて今にも倒れてしまいそうだ。
「もともと食が細いので」
「そうですか。もし何か要望があれば多少は融通を利かせられますが、如何ですか?」
リッツの問いにリーリエはしばらく考えた後、ひとつの頼み事を口にした。
「自室で調香を行っても良いですか?」
「調香、ですか?」
「はい。香水やお香を作りたいのです。香りの強い材料もあるので、念の為許可を取っておこうと思いまして」
リーリエの頼み事に、リッツはすぐに頷いて応えた。
「えぇ、特に問題はありません。業務時間外であれば、調合室や研究室を使用しても構いませんよ」
「ありがとうございます!」
リーリエは少しだけ目を輝かせて礼を言う。正直、ポーション作成だけの生活に嫌気が差し始めたところだったのだ。
「わざわざ必要な物を買い付けに行くのも大変でしょう。必要なものを提示していただければ、調合材料の注文と一緒に発注しておきますよ。もちろん代金はお給金から天引きさせていただきますが」
「とてもありがたいのですが、良いんですか?」
「構いません。ほかの調合士の方もやっておりますし、それに……」
リッツは何かを言おうとし、その口を閉ざした。
「それに?」
「いえ、なんでもありません。発注は週に一度、月の曜日の朝までにご連絡いただければ、翌週には届くと思います。よほど希少なものでなければ」
「承知しました」
リーリエはさっそく何を作ろうかと考える。ちょうど柚香が残り少なくなってきたところだ。まずは柚香を作ろう。
必要な道具や材料を考え始めたリーリエの視界には、既にリッツのことは映っていなかった。そんなリーリエの様子にリッツは少しだけ微笑んで、調合室を出て行った。




