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第04話 調合班

「リーリエ、着いたぞ」


「あ、すみません」


 いつのまにか居眠りしてしまっていたリーリエが頭を振って目を開ける。窓の外に顔を向けると、一面の緑だった景色はすっかりなくなっており、かわりに豪奢な王宮が目に入った。

 馬車は王宮の城門から少し入ったところにある中庭に停められているようだ。

 正面には高くそびえる白亜の城。国王とその一族の暮らす居住区や政務室、兵舎や礼拝堂も備えられているのだろう。一体何人の人が働いているのか分からないほどに大きい。

 城を守るように左右にも建物が建てられており、掲げられた旗から推察するに、右の建物が魔術師団の建物で、左側が騎士団の駐屯所だろう。

 ほんの数時間前までは森の中のあばら家にいたというのに、これからはこの王宮で働くことになるのだ。

 若干寝ぼけていたからか、リーリエは馬車から降りるときにふらついて、思わず近くの人影に倒れかかる。


「っ! ごめんなさい」


「大丈夫ですか?」


 リーリエは自分を支えてくれた人物を見あげる。緑色の髪を肩まで伸ばしたスラリとした青年が、切れ長の瞳をリーリエに向けていた。白衣が風を受けてはためく。


「リーリエ、紹介しよう。この青年はリッツ・デュ・ラック。まだ若いが、魔術師団の副長と、調合班の班長を任せられている男だ。リッツ、こちらがリーリエ。第一王子のお気に召すポーションを作った人物だ。これから調合班で世話してやってくれ。それじゃ、後は頼んだ」


 オズヴァルトは短く紹介を済ませると、そのまま駐屯所の方へと歩いていってしまった。


「えっと……。リーリエです。これからお世話になります」


「リッツ・デュ・ラックです。よろしくお願いしますね、リーリエさん」


 リッツは整った顔に笑みを浮かべた後、少し小首を傾げてリーリエに一歩近づいた。

 

「あの……」


「……不思議な匂いがしますね。魔力ですか?」


 リッツはリーリエの瞳に、いや、まるでその奥にある何かを覗き込むように視線を向ける。そのままその整った顔をリーリエに近づけて、確かめるように匂い嗅ぐ。


「……甘い。不思議な香りです。柑橘のような香りでごまかそうとしてますか?」


「すみません、私、香水を使っておりまして。多分その香りです」


 リーリエは足を一歩引いてリッツから距離を取る。今朝も十分に血を抜いて、さらに香水まで付けていたのだ。魔力の香りに気がつく人がいるとは思わなかった。

 リーリエの近づくなという意思表示を全く無視して、リッツは笑みを浮かべたまま離れた距離をずいと詰めてきた。リーリエは両手を前に出して牽制する。


「初対面の相手に顔を近づけてくるのは、その、し、失礼ではないですか?」


 リーリエのその言葉に、ようやくリッツは身体を引いた。


「……ふふ、たしかにそのとおりですね、失礼しました」


 リッツはそれ以上は近づいてくることもなく、くるりと踵を返して歩き出す。


「調合班の建物はこちらです。ついてきてください」


 その長身に似合わぬゆっくりとした歩み。背の低いリーリエが急がなくて良い様に気を使っているのだろう。


(悪い人じゃないんだろうけど、掴みどころが無い人だな)


 突然始まった先行きの見えない王宮での生活に、多大なる不安とほんの少しの希望を抱き、大きなため息をひとつついて、リーリエは歩き出した。


 ◇


 調合班の建物は魔術師団本部の大きな建物の横に建てられた、味気のない作りの建物であった。

 見た目に面白さはないものの設備に不足は無く、ポーション等を作成する調合室はもちろんのこと、研究室や水耕栽培室等も用意してあり、仕事を行うのに全くもって問題はなさそうだ。

 その他にも食堂や図書室、身体を動かすための中庭まであり、さらに一人一室の居住室まであった。割り当てられた部屋に入ったリーリエはその室内を見回して感嘆の声を上げる。


「すごい……部屋に水道まであるなんて。とても良い待遇ですね」


「私たちは王宮関係者が使用するポーションを作りますからね。不満があって毒を盛ることのないように、我々調合士の待遇には気を使っているのでしょう」


「毒だなんてそんな……」


 一歩間違えれば不敬罪と捉えられてもおかしくないようなセリフを吐いて、リッツは唇に手を当てて笑みを深めた。口は笑っているのに、目が笑っていない。


「半分冗談です」


「半分……」


(もしかしたら信用されていないのかも知れないな。それはそうか、どこの誰ともわからない調合士が来れば警戒もする。それが王族のポーション作成部隊であればなおさら)


 流されるままに王宮までついてきたリーリエであったが、与えられた仕事は不足なくきちんと行おうと気を引き締めた。


「仕事に関しては明日の朝から説明します。ほかに何か聞きたいことはありますか?」


「いえ、今のところは問題ありません」


「そうですか。何か困ったことがあったらいつでも声をかけてくださいね。ほかの調合士も優しい人ばかりですから、遠慮せずに。それではまた明日」


 颯爽と去っていったリッツを見送り、リーリエは部屋に入ってベッドに座った。部屋の中を見回す。きれいで、不足がなく、整えられた白い部屋。


「……退屈な日々になりそうだな」


 今朝まで寝ていたベッドよりも明らかに寝心地の良さそうなそれの上で、リーリエは小さくため息をついた。

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