第27話 王の器
クロードは胃の痛みで目を覚ました。見上げた天井は自室のものではない。白い壁に、白い天井。医療室だ。
「確か、昨日は……」
思い出すのはライルと酒を飲んだこと。そしてトイレに立ち、戻ってポーションを飲んだところまでは記憶にある。その後に急な眩暈と吐き気に襲われた。その先の記憶は、あいまいだ。おぼろげに覚えているのは、甘い香りと、唇に触れた柔らかい感触。
「リーリエ?」
クロードは無意識にその名を口にしていた。
体を起こして周囲を見回すと、緑髪の青年がベッドに突っ伏して寝ていた。リッツだ。
「リッツ、いったい何があった」
肩を揺らすと、リッツはすぐに目を覚ます。寝ぼけ眼でクロードをしばらく見た後、ふぅと長い息を吐く。
「はぁ、良かった。とりあえず斬首刑は免れそうです」
「昨日、何があった。飲み過ぎで倒れた、わけじゃないよな」
「毒ですよ。クロード様。貴方が口にしたポーションに毒が含まれていました。犯人は捜査中です」
「ポーションに? まさか、ライルか……」
クロードのつぶやきに、リッツが苦笑する。
「リーリエさんのことは疑わないんですね?」
「いや、それは無いだろう。暗殺者にしては間が抜けすぎている。何者かに洗脳されたのなら可能性はあるが……」
「その線はなさそうでした。貴方に盛られた毒をいち早く判別し、応急処置をしたのが彼女でしたから。彼女曰く、スズランの毒とのことです」
「そうか。彼女は今どこに?」
「容疑者の第一候補として拘留されています」
「何故!? 彼女は私を助けてくれんだろう!?」
クロードが前のめりになる。急に動いたため体に痛みが走った。
「ぐぅっ……っ!」
「安静にしてください。毒素はほとんど抜けたとはいっても、毒を盛られたのは昨晩なんですから」
「しかし、リーリエが……」
「クロード様。貴方は専属調合士のリーリエが調合したポーションを飲んだ。そしてそのポーションに毒が含まれていて倒れた。専属調合士のリーリエが第一に疑われるのは当然です」
リッツが諭すように言う。
「彼女が本当に犯人でないというのなら、私たちがそれを証明しなければならない。クロード様、昨晩飲んだポーションに違和感はありませんでしたか? 王族に収められるポーションは、個々人の体調を考慮して配合が人それぞれに異なります。それに、調合士の魔香も微量ながら宿る。何か思い出せませんか?」
「……確かに、いつものポーションとは違った」
「! それは、どういう風にですか!?」
真犯人につながる有力な情報が得られるのかと、リッツが身を乗り出した。
「……しかし、確かにリーリエの魔香だった。そもそも、俺がリーリエを専属調合士にしたのも彼女の魔香がきっかけだったんだ」
「どういうことですか?」
クロードは今までの経緯をリッツに話した。オズヴァルトからもらったポーションを飲んだこと。そのポーションが忘れられず、リーリエを調合班に招いたこと。半ば無理やり専属調合士にしたが、納品されるポーションは普通のポーションとあまり変わりがなかったこと。
「半ばあきらめかけていた。あの時のポーションがあそこまで効果が高く感じたのは気のせいだったと、あの時は疲労がたまっていたから、効果が高く感じただけだったと。しかし……昨日飲んだポーションは確かに、最初に飲んだものと同じような効果があった。漂う魔香も同じだった。だからあれは、リーリエが作ったポーションに間違いない」
クロードの話を聞いたリッツが思案顔になる。
「魔香がたしかにリーリエさんのものだったとしたら、それはリーリエさんの作ったポーションに違いない。だとしたらどこで毒が? 瓶のコルクは飲む直前にあけましたよね?」
「あぁ。開けたまま放置などはしていない。あの場にはライルもいたが、一度コルクを抜いて毒を入れ、綺麗に栓をし直すのは至難の業だろう」
「しかし、ポーションの調合は信頼のできる調合士と一緒に行っていた。毒を入れるなんてどうやっても不可能。……いや、待ってください」
リッツが唇に人差し指を当てた。深く思考しているときの癖だ。
「クロード様はポーションから香る魔香でリーリエさんが作ったポーションだと判断した。しかし、リーリエが作っていないポーションにも、彼女の魔香を付加できるとしたら?」
「彼女が作っていないのに、どうやって魔香を付加するんだ?」
「……彼女の魔香は強い。そして、魔香は血液に一番顕著に宿る。彼女の血液をポーションに混ぜたなら、そのポーションの魔香は彼女の魔香で上書きされる」
「……そうか。そして俺が初めて飲んだポーションは、何かしらの事故で彼女の血液が混ざっていた。そう考えると合点がいく」
「しかし疑問は残ります。どうやってリーリエさんの血液を手にいれるか、ですが……」
そこでリッツは思い出す。昨晩のリーリエの姿を。頬に張られたガーゼ。血が染みついていた。
「たしか、一昨日までは彼女の頬に傷はなかった。そして昨晩は怪我をしていた。その間に彼女を訪ねた人は、一人だけ。香水作成を依頼しに来た人、ロレッタ・ベルナドット」
「ライルの婚約者、か」
リッツとクロードの中で、パズルのピースがかちりとはまった。
大公の一人娘。紅髪の美女、ロレッタ・ベルナドット。
彼女が王妃になりたくて暗躍していたのだとしたら、合点がいく。
「……馬鹿が。何もしなければ王妃になれたものを」
「クロード様がリーリエさんと仲良くなり、王の候補として再び台頭してくることを懸念した、ということでしょうか」
「だろうな。それでライルを利用して、俺を殺そうとした。俺が死ねば王妃になれることは盤石。死ななくともリーリエが疑われて追放もしくは死刑になり、俺は再び王候補から落ちる。そういう算段だろう」
クロードは深くため息を吐いた。そこまでして王妃になろうとするロレッタの欲深さと、おそらく乗せられたであろう弟のライル。
ため息を吐き、そして顔を上げる。強い意志の光を宿して。
「リッツ。やはりこの国の次の王は、俺がなるしか無いようだ」
そのクロードの表情を見て、ライルは安堵する。
「……お帰りなさい、クロード様。貴方が帰ってくることを待ち望んでいました」
「あぁ、どうやら腑抜けていられるのもこれまでのようだ」
「後少し帰ってくるのが遅かったら、私が毒殺していたところですよ」
「……それは怖いな」
クロードは苦笑する。そして気を引き締めた。そうそうにリーリエの潔白を証明しなければ、彼女だけでなく彼女を監督していたリッツさえも刑に処される可能性がある。
痛む身体を無視して立ち上がる。王は弱みなど見せない。
「リッツ。拘留されているリーリエの元に……」
「リッツ! 起きてるか!?」
勢いよく医療室に入って来た人物。オズヴァルトだ。彼は立ち上がっているクロードを見て驚きに目を見開く。
「クロード! もう立てるのか。いや、それはいい。緊急事態だ!」
「ヴァル、いったい何が……」
問いかけるリッツの言葉を遮り、オズヴァルトが叫んだ。
「リーリエが、リーリエが消えた!」




